ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・A・サイモンによる『経営行動』は、「組織の解剖学」および「組織の生理学」についての書である。組織がどのように構造化されており、組織が動く時のプロセスがどうなっているのかについて、あたかも組織が標本や検体であるかのように、客観的に明確に記述している。
邦訳が『経営行動』であるため、経営手法や優れた経営を行うための指南書として書かれた本かと勘違いされがちだ。しかし、原題は"Administrative Behavior"で、組織がどのようにできていて、どのように統制・管理されているかを解き明かしているため、正面から経営論を述べた本ではない。大部の書物でさまざまな知見を含んでいるが、今回は今日的な関心事と関連するトピックを3つ採り上げてみたい。
【取り上げるトピックス】
はじめに 本書は組織がどんなものであるか「解剖」したもの
1.限定合理性
2.組織と人の関係性
3.組織と情報の出入り
おわりに 組織の構造の本質がわかっていれば、変化に対応した組織づくりができる
本書は組織がどんなものであるか
「解剖」したもの
本書は、一般的には「意思決定における限定合理性」のコンセプトばかりが注目されるが、組織と人の関係や情報技術の発展と組織の関係など、多方面にわたる記述でも大変示唆に富む。また、名著の誉れが高く、「経営行動」という邦訳にも引きずられて、多くの人が優れた経営のやり方について学ぶつもりで読み始めるものの、抽象的な記述と物理的な分厚さにめげて、そのほとんどが途中で挫折する本としても有名である。書かれている内容自体は、難解だったり複雑だったりするわけではなく、現代社会を生きるわれわれには、言われてみれば、むしろ常識的なことである。
「本書が経営の実際問題に貢献するという唯一の主張は、健全な臨床医学は有機体の生物学についての完全な知識を基礎としてのみつくられうる」(以下、「」内の引用文はすべて『経営行動』〈ダイヤモンド社〉)
上手な経営の仕方を考えるためには、そのまえに経営が行われる組織(有機体)そのものを知ることが重要だという。たしかに、対象物がどのようなものかを把握しないまま、いかに巧みに操作するかを語っても意味がない。
毎年のように降りかかる大きな自然災害やグローバリゼーション、デジタル化の進展などで、われわれが当然と思っていたことがどんどん変わっている。そのような状況だからこそ、組織とはどういうものか、組織の行動とはどのようなプロセスで行われるものなのか、という基礎を知っておくべきなのだ。