司法介入できないという発言は
何もしないことへの言い逃れ

 文在寅氏はこれまで、司法への介入はできないと一貫して主張してきた。

 しかし、韓国の大統領の権威は非常に大きく、実質的に裁判所の判決に影響を与えてきた。

 朴槿恵政権時代に外交通商部が徴用工判決に関連する意見書を大法院に送っていた。朴槿恵政権には司法界の重鎮もいたので、裁判所も、徴用工に関連する資産の現金化には慎重であった。

 このことに対し、共に民主党は「裁判の取引」だと攻撃した。日韓関係が破局的状況になりうる問題を国際法に則って公平に判断するよう求めたことに対して、「司法介入」だとして糾弾したのである。また、それに応じて現金化を遅らせたとして梁承泰(ヤン・スンテ)前大法院院長は身柄を拘束された。

 しかし、文在寅氏はここに来て慰安婦問題に関する判決に「正直混乱している」と判決内容に対し、意見を述べている。また、昨年、共に民主党議員が日韓関係修復を打診した時には、日本に行き、「徴用工問題は現在の状態で凍結するのがいい。大法院も破局は望まないだろう」と言い張った。

 したがって、文在寅氏が司法に介入できないと述べたのはあくまでも建前であり、何もしないことへの言い逃れであったことになる。

 他方、行政府による司法府への働きかけは、大統領の意向がないとしないのかもしれない。行政府組織の司法界との関係が実際にどうなっているのかは不透明なところがある。

 筆者が大使をしていた時、憲法裁判所で元慰安婦に関し、韓国政府が日本としっかりとした交渉をしないのは不作為で憲法違反であるとの判決が出た。これを知って韓国の外交通商部に問い合わせたところ、担当局長はその事実を知らなかった。

 当時は李明博大統領の時代であったが、この判決に困りはてた李大統領はその年の暮れ、京都で行われた首脳会談で、野田首相に慰安婦に対し何か優しい言葉をかけてほしいと依頼したが、野田首相がこれに応じなかったため、李大統領は激怒し、それが翌年の李大統領の竹島上陸に結びついた。

 慰安婦に関連する裁判であれば、日韓関係に多大な影響を及ぼすことは言うまでもない。そうであれば、韓国政府がきちんとこれまでの日韓の交渉を裁判所に説明するのが筋である。むしろ裁判所の方から、行政府に照会すべきことかもしれない。