クックパッドコーポレートブランディング部本部長で、『ちょっとの丸暗記で外食レベルのごはんになる』著者の小竹貴子さんは、借金玉さんの著書『発達障害サバイバルガイド』について「40代の今出会えてよかった本」と熱くその魅力を語っています。
今回、この二人の対談が実現。ともに起業、スタートアップにかかわった経験から「バリバリ働いてきた人が限界を超えないためにどう休めばいいか」について語ってもらいました。(取材・構成/杉本透子)

お子さんは「スタートアップ」みたいなものです

小竹貴子(以下、小竹) 私たちは料理を通じていろんな声を聞くんですが、クックパッドのユーザーさんでも、頑張ることで辛くなっている方は多いです。「母親だから頑張らなきゃ」とか、「子どものために頑張らなきゃ」とか。

 私も全く同じで、頑張ることが美徳だという価値観で育ってきて、それを今変えなきゃいけないとわかっていても、なかなか難しい。

借金玉 お子さんもまたスタートアップみたいなものじゃないですか。僕は未だに子どもを持つ勇気が出ないんでけど、その第一の理由は「部下が不規則な動きをするようなことが家の中で起きる」のは怖いなと思うんです。小竹さんのように会社と家庭の両方を抱えて走ってこられたのは、本当にすさまじいことではないでしょうか。

小竹 子ども=スタートアップは名言ですね(笑)。もうずいぶん大きくなったので、今はなんとかなっていますが。ただリモートワークになって、家族もいてリビングで仕事をしているとなかなか切り替えが難しいです。

借金玉 家にいても会社にいてもなかなか休めないと思うので、ビジネスホテルにこもるのはどうでしょうか。僕もどうしても休めないときはさっと近くのビジネスホテルに行っちゃうんです。物理的に休めるところに行って、お風呂に入ったりすると、一晩でインスタントに回復します。小竹さんの場合そろそろご理解いただける年齢かなと思うので、数ヵ月に 1回でも、仕事と家庭から自分を切り離して休むのはおすすめしたいです。

小竹 なるほど。「子連れで旅行!」とかだとなかなか実現しないうえに結局休めないけれど、一晩だけ家族に預けて……ならできる気がしてきました。

小竹貴子(こたけ・たかこ)
クックパッド株式会社Evangelist、コーポレートブランディング部本部長
1972年石川県生まれ。関西学院大学社会学部卒業。株式会社博報堂アイ・スタジオでWEBディレクターを経験後、2004年有限会社コイン(後のクックパッド株式会社)入社。広告主とユーザーのwin-winを叶えた全く新しいレシピコンテストを生み出す。2006年編集部門長就任、2008年執行役就任。2010年、日経ウーマンオブザイヤー2011受賞。2012年、クックパッド株式会社を退社、独立。2016年4月クックパッドに復職、現在に至る。また個人活動として料理教室なども開催している。シンプルでおいしく、しかも手順がとても簡単なレシピが大人気で、生徒から「料理のハードルが低くなった」「毎日料理が楽しいと感じられるようになるなんて」の声多数。日経BPから上梓した『ちょっとの丸暗記で外食レベルのごはんになる』が現在7刷のロングヒットに。

「23区に住んではいけない」理由

小竹 本にも書いてありましたが、外部環境を変えるのが大事なんですね。それで言うと、私は23区に住んじゃいけないと思っています。23区にいると「終電超えてもタクシーで帰ればいいや」となって、三軒茶屋に住んでいたときは体に無理がたたりました。外部環境を変えようと郊外に引っ越してからはずっと郊外です。

 今はスタートアップではなくそれなりに大きな会社になったので、求められているものが当時とは違います。自分ひとりが頑張れば達成できるレベルではないので、その焦りでなかなか休めないということもあります。それこそがモチベーションでもあるのですが。

借金玉 それは非常にいい選択ですね。人生は“住む場所”か“付き合う人”どちらかを変えることでしか変わらないって誰かが言ってた気がします。

 いや、でも小竹さんが今の環境でコンプライアンスを守って部下を休ませながら自分も休むというのは、かなりレベルが高いことに挑んでおられると思います。どれだけ課題意識を持っていても、仕事が回ってきてしまう面は多々あると思いますし。大きな組織だとドラスティックな改革も難しいので、できるところからひとつずつ変えるしかない。小竹さんがしっかり休んで、ワークライフバランスをとれるようになるのは、ある意味会社としての完成を意味するのかもしれませんね。

 しかし、無茶な話ですよね。創業の頃は「ひたすら働く背中を見せる」のが仕事で、会社が大きくなってきたら今度は「きちんと休む」のが仕事になるわけじゃないですか。本当に大変なことだと思います。

借金玉(しゃっきんだま)
1985年、北海道生まれ。ADHD(注意欠如・多動症)と診断されコンサータを服用して暮らす発達障害者。二次障害に双極性障害。幼少期から社会適応がまるでできず、小学校、中学校と不登校をくりかえし、高校は落第寸前で卒業。極貧シェアハウス生活を経て、早稲田大学に入学。卒業後、大手金融機関に就職するが、何ひとつ仕事ができず2年で退職。その後、かき集めた出資金を元手に一発逆転を狙って飲食業界で起業、貿易事業等に進出し経営を多角化。一時は従業員が10人ほどまで拡大し波に乗るも、いろいろなつらいことがあって事業破綻。2000万円の借金を抱える。飛び降りるためのビルを探すなどの日々を送ったが、1年かけて「うつの底」からはい出し、非正規雇用の不動産営業マンとして働き始める。現在は、不動産営業とライター・作家業をかけ持ちする。最新刊は『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』