絵画を観るだけでも知覚力は高まる

 普段、スマホやパソコンで検索ばかりしていると、自分の求めている情報しか目に入らなくなり、人間が本来持っている「知覚力」が弱体化してしまう。同書の著者で、米国の名門・イェール大で美術史を学び、ニューヨークのメトロポリタン美術館で活躍した経歴を持つ神田房枝氏は、このような「検索モード」のものの見方から脱却して、「知覚力」を向上させるために効果を発揮するのが「絵画観察トレーニング」だと説明している。

医学生の診断力が3時間で13%アップ

 同書によると、イェール大発祥のこのトレーニングは、ファシリテーターとの対話を通じて、絵画に「何が描かれているのか」について、視覚を頼りに徹底的に解剖するものだ。絵画の隅々にまで目を配って描かれている情報を収集しながら、その情報が持つ意味を見出していく作業を通じて、ふだんなら見逃してしまうようなインプットを得て、多様な解釈を引き出すことができるようになるという。

 このトレーニングの効果は、アート作品の鑑賞力アップだけにとどまらない。同大の医学生を対象に絵画観察トレーニングを実施したところ、わずか3時間で患者の症状を見極める力が13%も上昇するという、驚きの結果が出たのだ。これを受け、同大のメディカルスクールではこのトレーニングが必修科目となり、医学部1年生の最初の学期に毎年実施されている。

 同種のプログラムが採用されたハーバード大でも、知覚の力が大きく伸びたことが報告されている。また、マッキンゼーの新入社員研修でも、絵画観察が取り入れられた。知覚力を高めるうえで絵画観察が有効だという認識が広がりつつあると言えよう。

集中という「貴重品」を知覚で手に入れる

 情報があふれかえるデジタル社会の中で、集中する対象を発見するには、必要な情報をしっかりと見極めることが重要になる。そのため、情報の荒波をかきわけて重要なものを発見する知覚の質次第で、集中できるかどうかが左右されてしまうのだ。

 わたしたちは今、1日のうちいったいどれくらい「集中」できているだろうか。スマホという依存性の高い魅力的なツールに夢中になり、集中が「貴重品」のように手に入りにくくなってしまったところに、科学的に効果が実証された知覚を鍛える「絵画観察トレーニング」に注目が集まっている理由があるようだ。