世界的ベストセラー『スマホ脳』(新潮新書)が、日本でも大きな反響を呼んでいる。TV『世界一受けたい授業』をはじめ、多数のメディアで紹介され、スマホがわたしたちに与える長期的な「負の影響」に注目が集まっている。本書は、著者であるスウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏が、人類の進化の歴史や最新の脳科学研究に基づき、「なぜ集中できないのか」から「うつや不眠が増加」、「SNSを見ずにはいられない」など、さまざまな「スマホ利用のリスク」を論じた一冊だ。
同書によると、スマホを肌身離さず持ち歩くことが当たり前となったわたしたちは、1日に2600回以上スマホを触り、10分に1度のペースでスマホを手に取っているという。こうしたデータからハンセン氏はスマホを「最新のドラッグ」と表現し、その依存性の高さに警鐘を鳴らしている。
そんな「最新ドラッグ」を手に入れた今、その代償としてある力をわたしたちは失いつつある。それは目の前の情報を受け入れ、そこに「独自の解釈」を加える能力、「知覚する力」だ。
そこで本稿では、集中を妨げられがちな人間の脳の仕組みについて、『スマホ脳』を参照しながら解説するとともに、「知覚」のスキルを高めるのに有効だと注目を集めている、イェール大発の画期的手法「絵画観察トレーニング」を、『知覚力を磨く ── 絵画を観察するように世界を見る技法』(ダイヤモンド社、神田房枝著)より紹介する。(構成/根本隼)
寝ても覚めてもスマホにかかりきり
「スマホ依存」の生活を送っていると、1日中スマホをいじることはもちろん、寝る時は枕元に置き、夜中も目が覚めるたびにチェック、友だちと会話をしている時でも、通知が来るたびにスマホを手に取っていじる癖がついてしまった人もいるだろう。実際、『スマホ脳』によると、3人に1人が夜中に最低でも1回、スマホをチェックしているという。
集中する対象を脳が切り替えるには一定の時間が必要なため、スマホを見ることで途切れてしまった集中を100%回復するには時間がかかる。また人が深い集中状態に入るには、さらに時間を要する。そのため現代人は今、スマホによってますます「集中できなくなっている」のだ。
「なぜ人間がこれほどまでにスマホに惹きつけられ、集中を失ってしまうのか」について、ハンセン氏は、デジタル社会と人間の脳との間に起きている「ミスマッチ」が原因だと指摘している。
「注意散漫」な人間ほど生き残りやすかった
人類の誕生は約20万年前とされているが、『スマホ脳』によると人間はその後のおよそ95%の時間にあたる約19万年間、動物の狩りや木の実の採集をして暮らしていた。
狩猟採集社会では、いつ動物や人に襲われるか分からない。そんな環境では、常に周囲に気を配り、何か異変があれば生命を守るための行動にすぐ移れるように「注意散漫」でいる必要があった。
そのため、人間の脳は周囲の刺激が多いほど注意散漫になりやすく、元々集中を失いやすい仕組みになっているのだ、とハンセン氏は述べている。
集中することが求められる現代
しかし、文明が発達した現在、人間は逆に「集中すること」を求められている。「情報の波」をサーフィンするかのように、膨大な量の情報に日々接しているわたしたちは、その中から「必要な情報」と「不確かで不要な」情報を選別しなくてはならない。そのためには目の前の対象に集中し、そこから質の高い「知覚」を得ていく必要がある。
では、どうすれば集中し、知覚の質を高めることができるのだろうか。集中するためには、集中すべき対象を見つけなければならない。そこで今、注目を集めているのが『知覚力を磨く』で紹介されている「絵画観察トレーニング」だ。