すべては始まりにすぎない

 研究者たちは、神経系を通じた視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の信号の動きを追跡した。さらには、記憶を形成したり、感情的な反応を生んだり、(筋肉を動かすなどの)出力動作を引き起こしたりする、ニューロン結合のいくつかをマッピングするなど、徹底的に調べ上げてきた。

 これらはすべて重要な仕事だが、まだ始まりにすぎない。どのようにして、何十億ものニューロンの相互作用が組み合わさって、抽象的な思考や、自意識や、自由意志に見えるものを生み出しているか、われわれはまだほんの上っ面をなでているだけだ。

 こうした疑問への満足のいく答えを出すには、おそらく二一世紀いっぱい、もしかするとそれ以上かかるかもしれない。そして、従来の自然科学の手段だけに頼っていては、そこにたどり着けないと私は思う。

 われわれ生物学者は、もっと広く、心理学、哲学、人文科学からの知見を受け入れるべきだろう。コンピューター科学も役に立つ。現在の最も強力なAIコンピュータープログラムは、生命のニューラルネットワーク(神経回路網)が情報を扱う方法を、非常に単純化した形で模倣するように作られている。

 人工のコンピューターシステムは、驚くほど高速にデータを処理しているが、抽象的、あるいは想像的な思考、自己認識、または意識に微かに似た兆候さえ示していない。こうした精神的なものが何を意味するのかを定義することすら、非常に難しい。こういった部分は、作家や詩人やアーティストが、助けてくれるだろう。

 彼らは当事者として、創造的な考え方の根底にあるものを探り、感情の状態を明瞭に言いあらわし、「存在」が本当は何を意味するのかを掘り下げてくれるだろう。こうした現象を議論するにあたって、文系と理系のあいだに共通の言語、あるいは少なくともより強い知的なつながりがあった方が有利だ。

 化学的かつ情報的なシステムとして進化したわれわれは、なぜ、どのようにして、自らの存在に気づくようになったのか。想像力と創造力がどのようにして発生したかを理解するために、われわれは想像力と創造力を総動員する必要がある。

(本原稿は、ポール・ナース著『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)

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