自らの意志と行動でキャリアの軌跡を描く

日置 NECの青山さんはメンターの存在の大切を強調されていました。一方で、反面教師的な存在からも学べることがあるのかもしれませんね。

 30代でこういうことに気づくと、次の40代でのステップが見えてきますね。

田中 40代に入る前に、次の10年の目標を考えました。GEでは支払い管理とトレジャリー担当の駆け出しマネジャーで、ゼネラルアカウンティングに少し携わっただけで、FP&A(ファイナンシャルプランニング&アナリシス)は未経験だったので、まずはアカウンティング分野(図の右上)と税務をしっかりマスターしたかった。

日置 それがメジフィジックスに移る頃ですね。

田中 そうなんです。経理部長として1部門全体を任せてもらえるというので、マネジメントのスキルも磨けるという、願ってもない移籍でした。ここで丸4年、よいメンターの下で税務を学ばせていただきました。そうなると、次はビジネス・ファイナンス(図の左上)です。この分野は業務報告の数字のまとめ役ですので、他部門からの注目度が高いし、CFOの皆さんはこの部分を最重視される。転職の際はこのFP&A限定で探して、サンドのFP&Aアナリストとして働くことができました。この経験は非常に重要で、ワールドクラスがどういうデータ、指標を使って事業を運営しているかがよくわかりました。

日置 こういうフレームワークがあると、自分の武器も、足りない部分も見えてきますね。矢を備えたから、次は盾だ、というように(笑)。

 20代、30代には「自分の市場価値」というのが関心事のようですが、その価値はオファー次第で他人の評価ありきです。人材市場の相場観からの「時価」的な要素もあり、そのような評価はとても不安定なものです。真に受けて、勘違いしてしまう場合もある。そうではなく、主体的にキャリアを形成するという点で、田中さんのフレームワークは、自省の機会となり、自己のストレッチがあり、ある意味で会社というものを利用しているわけですが、それはギブ・アンド・テイクですからね。

 日本企業にいて閉塞感があったとしても、それは会社のせいじゃなくて自分次第です。田中さんのように自分自身をしっかり把握していれば、組織とキャリアアップの健全な関係を維持できる。要するに自分次第。内発的な動機が大事であり、目標と手順を間違えてはいけないということがよくわかります。

田中 いま自分が持っているスキルとか経験をもとに、次の職場決めるという思考ではありません。大事なのは、自分が目指す姿を自覚すること。そして、その目指す姿に到達している方々の講演を直接聞いたり、著書を読んだりしながら、イメージを膨らませること。そして、その理想像に自分も到達できると確信することです。そこから逆算して、現時点の自省をする。そうすれば、次はこういう経験をして「自分を育てる」という気分が盛り上がります。それで見える道は、もちろん上手くいかない時もあります。でも準備していないと、チャンスが来ても気づかない。

日置 いまの20代、30代の人たちは、我々の世代より将来に対する心理的負担が大きく、焦りがあるようです。ロールモデルもメンターも不足しているので、田中さんのようにじっくりと地に足のついた考え方ができないのはかわいそうな気がします。

 でも冷静に考えると、人口ピラミッドのいびつさは歴然で、いずれ上層部はガサッと抜けていくわけです。そして、人が減れば必然的に組織は変わらざるを得ない。しかも、流行言葉になっているDXかどうかはさておき、正しくテクノロジーを活用し、機能させることができればマネジメントのあり様も変わるはず。ですので、いまのうちから時間を取って、田中さんのようなフレームワーク、つまり、自分なりの軸を作り、それを羅針盤として自ら未来を切り拓いていくという意志を持つことが大事ですね。

田中 おっしゃる通りです。20代、30代前半なら、懸命に学んで、試行錯誤を重ねて、きちっと基礎体力をつけて、自分の得意なこと、好きなことの専門性を高める。周囲から頼りにされる得意分野ができて、次はこれを磨こうというものができて、それが社外にあるのならば転職すればいいのです。

 そのためには嫌なことも未経験のことも、どう役に立つのかがわからなくても、血となり肉となると信じて続けることが、後になって自分の財産になりうるという信念を持ってほしいですね。私自身、転職したての頃は、そのときの業務がどう将来につながるのかまったくイメージがついていませんでしたが、当時の支払管理でデータを整備していた経験が、現在のサンファーマでのシステム統合で役に立ったりしています。

日置 若いうちにこそ備えるべき能力に変化対応力もありますから、そういう経験も大事ですね。実際、ワールドクラスでは、変化対応力やリーダーシップを若いときに身につけさせるということを人材育成の鉄則としている企業もあります。不確実性が高まり、スピードも速い世の中にあって、そのような能力こそが環境に適応し、進化していくための手がかりになります。

 加えて、日本ではこれから本格的に国が縮んでいくことを実感し始めることでしょう。そのような状況だからこそ、志を大事に、そして自分の可能性を信じて、有限で貴重な時間を過ごしていってほしいですね。田中さんには、そのような人たちにとってのメンターとしての役割も期待しています。