変化を興奮に置き換える代謝センター「KATPチャネル」
~インスリン分泌のメカニズム

 糖尿病は、インスリンの作用不足による慢性高血糖である。その発症には、インスリン抵抗性とインスリン分泌障害が関与している。欧米では、インスリン抵抗性、すなわちインスリンの効きが弱い患者が多数派を占める。それに対して日本人に多いのが、インスリンの分泌が弱い患者だ。

 下村教授はオックスフォード時代から現在に至るまで、後者の「インスリン分泌の弱さ」という分野に着目し、地道に研究を続けてきた。

 グルコース(糖)は生理的に最も強力なインスリン分泌刺激因子だ。血糖値(血液中のグルコースの濃度)が高くなると、より多くのグルコースがβ細胞(膵臓のインスリン分泌細胞)に取り込まれて代謝される。

 グルコースは、代謝される中で細胞内のATP(生体内のさまざまな反応のエネルギー源となる化学物質)の濃度を高くする。このATPレベルの上昇が、β細胞の膜上に存在するKATPチャネル(ATP感受性カリウムチャネル)を閉じる。

 少し専門的になるが、KATPチャネルが閉じると、細胞内から細胞外へのカリウムイオン(一価の陽イオン)の移動が阻害され、細胞内に蓄積する。この蓄積によって細胞膜はプラスに帯電する(脱分極)。

 すると、同じく細胞膜に存在する電位依存性Ca2+チャネルが細胞膜のプラスの帯電に呼応する形で活性化(開口)する。そして細胞外からCa2+イオンが流入し、インスリン顆粒が開き放出される。

 代表的な経口糖尿病治療薬の1つであるSU薬(スルホニル尿素薬)は、KATPチャネルに作用し閉鎖することによって、一連の変化をβ細胞に引き起こしインスリン分泌を促す。つまり、食事によって上昇したグルコースは、この一連のエレガントな反応をβ細胞に引き起こし、食べた量に対応した適正な量のインスリンを分泌し血糖を正常化しているのだ。

 KATPチャネルの分子構造は、SU薬と高い親和性を有するスルホニル尿素受容体(SUR1)とカリウムチャネルの1つである(内向き整流性カリウムチャネル)Kir6.2の2つのサブユニットの複合体であることがわかっている。

 KATPチャネルは膵β細胞だけでなく脳の神経細胞、骨格筋細胞など数多くの器官の細胞に発現している。細胞外の環境の変化を感知して、それを電気的興奮に変換する「代謝センター」としての機能を果たしている。しかし上記のインスリン分泌までの経路のどれか1つに障害が起こると正常な血糖調節が損なわれてしまう可能性がある。

 糖尿病治療薬であるSU剤はこの結合により、本来期待される作用であるインスリン分泌を促進する一方で、血糖値と関係なくインスリン分泌を惹起する。副作用として低血糖のリスクがある。そのため今日、2型糖尿病の治療薬としては敬遠されがちだ。