ブルデューは人間の持つ資本を、金銭換算可能な資産、いわば経済資本と家庭環境といった形で親から子へと継承されていく文化資本、さらに人間関係などの社会関係資本の三つに分類した。

 そのなかで社会関係資本というのは、人々が信頼関係や人間関係などをもとに協調行動が活発化することにより、社会の効率性を高めることができるという考え方だ。日本で「人脈」と呼ばれるものに近い概念だ。

 ブルデューは、人々は家族や友人、同窓生、職場の上司、同僚、仕事の上の知人などとのつながり、さらには文化によって仕事や生活のさまざまな面で便宜を受けたり、情報を得たり、困った時に助けてもらったりしており、そのことが社会の活力になっていると指摘した。

 コロナ禍でも、外出自粛やリモートワークと社会関係資本をめぐる経済学や公衆衛生学の研究論文も数多く公表されている。

 研究者の中には、リモートワークを通して、ネットを介してつながる新しいタイプの社会関係資本が形成されつつあることを示唆する人もいる。

 だが、ハルデーン氏はむしろ、人々がそれまで成長の糧としてきた社会関係資本がこれまで以上に減少していく可能性を示唆している。

 Zoomなどでのリモート会議は、公式的な情報を効率的に獲得するには有用だが、ハルデーン氏は、非公式的な会話(informal conversation)を通して得られる「暗黙知 tacit knowledge」や「個人的情報 personal information」が失われていることに目を向けるべきだと主張する。

Zoom会議で捨象される
“無駄なもの”の効用

「暗黙知」とは、ハンガリーの物理化学者で科学哲学者でもあるマイケル・ポランニー(1891―1976年)の概念で、伝統工芸の職人の手作業のように身体的な動作や習慣として身に付いているが、どのような原理に基づいてどのような手順で進めるのか論理的に言語化するのが困難な知識のことだ。

 ハルデーン氏は、さまざま機会での非公式な会話を通じて、暗黙知と社会関係資本が相互に支え合う関係にあるとみる。

 例えば、会議が正式に始まる前や終わった後の数分間の立ち話や必ずしも同じ会議の参加者ではない人との個人的な会話、飲み会などでの仕事や上司・部下との人間関係についての情報交換などは、通常は、無駄話、暇つぶしであり、熱心に仕事をしていない証拠と見なされがちだ。

 しかし、いざリモートワークが必須になり、そうした“無駄なもの”が切り捨てられると、自分が日常的にそうした“無駄なもの”によってさまざま情報を得たり、人脈を形成・強化していたりしていたことに気付かされる。