私が提案したパナソニックの中国語表記

 もう時効だろうと思うが、2007年12月、松下電器(現・パナソニック)から秘密の依頼を受けたことがある。

 当時、大企業病に苦しんでいた同社は、思い切ったブランドチェンジに踏み切った。社名をパナソニックに変え、松下電器やナショナルなどの社名やブランド名といった古い遺産を徹底的に片づける決意をしたのだ。当時この作業は、社内の機密作戦だった。

 私は、その数年前に、日産自動車のティアナや、ホンダのアキュラなどの自動車ブランド名の中国語ネーミング開発を手掛けており、特にティアナを「天籟」にネーミングしたことは中国では大変な好評を得た。こうした実績が評価されたのか、松下電器から、新しい社名とブランド名のパナソニックの中国語ネーミングで天籟に匹敵できるようなものを開発してほしいという依頼を受けたのである。

 翌年の08年1月10日、松下電器の大坪文雄社長が2008年度の経営方針を説明する席で会社名を「パナソニック」に変更すると正式に発表。同時に日本国内向けに用いてきた「ナショナル」ブランドを廃し、すべてパナソニックで統一するというブランド作戦も明らかにした。同年6月の株主総会での承認を経て、同年10月1日からこの社名チェンジ作戦は実施された。

 同年1月下旬、私はいくつかの中国語ネーミング案を松下電器に提出し、プレゼンテーションを行った。プレゼンに立った私は開口一番、次のような発言をした。

 「大企業病とマイナス効果をきたす一部の古い遺産と決別する御社の並々ならぬ意志は120%理解しています。社名チェンジも支持します。そのため、自分のすべての力を絞り出して新しい社名であるパナソニックの中国語ネーミングを開発しました。しかし、漢字の本家・本元である中国の歴史と文化、そしてその市場の大きさなどをいろいろと考えた上、私は自分の開発した中国語ネーミングはしょせん、『松下電器』という4文字には勝てないと思います。中国国内だけに限定してでも、御社の社名やブランドの表示はパナソニックの英語名と同時に、松下電器という在来のブランド名もつけた方がいいと提案いたします」

 その提案をもし採用してもらえたら、私は同社の中国語ネーミング開発関連の報酬をもらわなくてもいいという意思表示も明確にした。

 おそらく私と同じ意見や提案もたくさんあっただろうが、結果として、松下電器は私の提案を採用してくださった。中国出張に行くとき、飛行機のシートや街角を飾る広告、オフィスビルの看板に、パナソニックの下に松下電器という4文字が書かれているのを目にする度、一外国人のアドバイスに謙虚に耳を傾けるパナソニックの決断と市場に真摯に立ち向かうその姿勢に感動している。