潜在意識は自分では意識できない無意識の領域です。そこにアクセスすることで、これからの未来に向けたエネルギーを生み出すこともできます。自分と深く向き合うことにより、心は整えられ、本番でも集中力を最大限、高めることができるのです。

 楢崎選手については、私は最初、全身のバランスを整えたり、疲労を取り除いたりといった体のサポートをしていました。ところが、体調は万全で、体もよく動いているはずなのに、いざ本番となると、いいパフォーマンスができないことが、ときとしてあったのです。

 その原因が、「心の状態」にあることは楢崎選手本人も気づいていました。そこで、私は2017年4月から体だけでなく、メンタル面でのサポートもおこなうようになり、2019年からはメンタルサポートに専念するようになりました。

メンタルセッションを通して楢崎選手が気がついたこと

 楢崎選手といえば、10代の頃からダイナミックかつ、しなやかな独特の動きによってすでに世界各国のクライマーたちの注目を集めていました。その彼が2016年、20歳のときにスポーツクライミングの最高峰、世界選手権(パリ大会)のボルダリング種目で日本人男子初の優勝という快挙を成し遂げたのです。さらに、その年、日本人男子で初のボルダリング・ワールドカップ年間総合優勝にも輝きました。

 ボルダリングで一躍世界の王者に躍り出た若きヒーローが、熱い視線を集めたことは言うまでもありません。ところが、翌2017年1月のボルダリング・ジャパンカップでは準決勝で敗退し、4月のボルダリング・ワールドカップ開幕戦でも予選敗退という残念な結果に終わってしまいました。

 その後、2018年4月のワールドカップのモスクワ大会では優勝するなどの活躍を見せますが、同年の世界選手権では準決勝で敗退します。2016年に世界王者になったあとの楢崎選手は、目標や目的を明確にできず、大会へのモチベーションにバラつきが出て、好・不調の波がありました。

 負けたらやる気になり、勝ったら少し気を抜いてしまうというサイクルで、自分が本当に強いのか、弱いのか、わからなくなった時期でもあったようです。また、好調なときも優勝のチャンスが十分あるのに、あと一歩のところで逃すこともありました。

 そのため、メンタルコーチングを通して、彼は自分自身に問いかけつづけることになります。自分が本当に大切に思っているのは何なのか、自分は何を目指しているのか……。そうするなかで、ただ勝つことにこだわっているだけではうまくいかないことに気づきはじめ、「まだまだ強くなって自分の強さを証明したい」と思うようになります。