エーザイ認知症新薬、日本承認に立ちはだかる「2つの壁」認知症新薬、日本での承認に向けての課題とは? Photo:PIXTA

今年6月、米バイオジェンとエーザイが共同開発したアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」が、米食品医薬品局(FDA)に条件付きで承認された。この承認をめぐっては、FDAの複数の諮問委員が抗議の姿勢を示すなど、まだ乗り越えるべきハードルは多い。ただ、日本の認知症治療の第一人者であるアルツクリニック東京院長・新井平伊医師は、それでも「認知症治療にとっては一筋の光のような存在」だと話す。従来の薬と何が違うのか。日本での承認に向けての課題とは何か。詳しく聞いた。(医療ジャーナリスト 木原洋美)

アルツハイマー病で
20年ぶりに新薬が承認された

「アルツハイマー病の予防には3段階あります。一次予防は『発症させない』、二次予防は『発症を遅らせる』、三次予防は『進行を遅らせる』。私を含め、医師が保険診療で取り組んできたのは三次予防でした。発症前の軽度認知障害(MCI)やもっと前の主観的認知機能低下(SCD)の段階については、せっかく受診してくれても対応できず、経過観察するしかなかった。二次予防のための確固たる武器がなかったからです。

 私はそれが残念で、2年前、二次予防のための先制医療を行う『アルツクリニック東京』を設立し、患者さんやご家族と一緒に認知症と闘ってきました。新薬である『アデュカヌマブ』が日本でも承認されれば、われわれはアルツハイマー病と闘う新たな武器を得ることになります」(アルツクリニック東京院長・新井平伊医師)

 新井医師は順天堂大学医学部精神医学講座の名誉教授で、2019年3月まで同附属順天堂医院メンタルクリニック診療科長を務めていた。アルツハイマー病研究では世界の研究者トップ100の38位に選出された名医であり、日本の認知症治療の第一人者だ。定年後にはあまたの役職招聘の話があったはずだが全て断り、アルツハイマー病の予防を40代、50代から始める先制医療をライフワークに定めた。

 いくつかある認知症の中でもアルツハイマー病は最も患者数が多い、代表的な認知症だ。認知症にはアルツハイマー病に由来する認知症のほか、血管性、レビー小体型、前頭側頭型の4種類があり、アルツハイマー病が60~70%、次いで血管性とレビー小体型が10~15%、前頭側頭型が5%前後と続き、この四つを4大認知症と呼んでいる。

 アルツハイマー病は1906年にドイツの精神医学者アロイス・アルツハイマーによって初めて報告された。以来、世界の科学者たちは約100年かけて原因究明と治療法の研究を重ね「アミロイド仮説」にたどり着いた。アミロイドβという異常なタンパク質が脳内に蓄積し、神経細胞をどんどん死滅させて脳を萎縮させるという仕組みである。

 しかし、これまで使われてきた治療薬はいずれも、残された神経細胞を活性化させることで症状を遅らせようとするもので、病気を治す薬ではなかった。それゆえフランスでは2017年、代表的な治療薬4種類全てが、「有用性不十分」という理由で医療保険の適用から外されてしまったほどだ。日本での保険適用は継続されているが、もはや打つ手なしなのか、と閉塞感を抱いた人は少なくなかっただろう。

 そんな中、去る6月、米食品医薬品局(FDA)が条件付きで迅速承認したのが、米バイオジェンとエーザイが共同開発したアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」だ。なんとアルツハイマー病の新薬承認は約20年ぶりだという。

 新井医師に、詳しい話を聞いた。