人知れず奪われていく
劣悪な住環境を拒む自由

 社会福祉士兼保護司として、福祉と司法の重なる領域で活動する宮澤進さん(NPO法人「ほっとポット」代表理事)は、世の中に関心を向けられていない地殻変動を指摘する。

「住居を喪失した人が福祉事務所で生活保護を申請するとき、ビジネスホテルを案内されず、日常生活支援住居施設に委託されてしまう懸念があります。『無料低額宿泊所しかない』と不正確な情報を提供されて入所してしまうパターンは以前からありましたが、日常生活支援住居施設の場合は、福祉事務所による委託であるところが問題です」(宮澤さん)

 2020年、厚労省令によって「日常生活支援住居施設」が設置されることとなった。一定のサービスの質を確保された無料低額宿泊所、いわば無料低額宿泊所のアップグレード版だ。対象は、「社会福祉施設の入所対象ではないが、アパート入居は難しい」と福祉事務所が判断した生活保護受給者である。提供されるサービスの内容は、各利用者の状況に応じた健康管理支援や金銭管理支援など。委託の判断を行うのは福祉事務所だが、入所者本人の意向は入所後も確認される。委託の継続は、最低でも1年ごとに見直されることとなっている。一見、本人に選択の余地があるように見える。

「でも現実は、福祉事務所の全権決定です」(宮澤さん)

 生活保護の申請者を無料低額宿泊所に誘導する動きは、約20年前から一部の福祉事務所にあった。背景は、福祉事務所の業務量増加による実質的な人手不足である。管内の生活保護受給者を大規模無料低額宿泊所に入所させれば、訪問調査を始めとする業務の大幅な省力化を図れる。しかし一応は、本人が直接契約する「民民契約」である。本人が入所を拒んだり、入所後に「居住環境が劣悪で耐えられない」といった理由でアパートへの転居を強く希望したりすれば、福祉事務所は強制できなかった。日常生活支援住居施設の場合、福祉事務所に「そこに委託する」と判断されると、入所するか、あるいは生活保護を断念するかの究極の二択となる。

 またサービスの質は、厚労省令で定められた一定の要件を満たした上で、申請と登録を行うことによって担保されることとなっている。サービスの質が実際に担保され、入所者が快適に自分らしい日常を送れるのであればよいのだが、そのチェックはされていない。

「入所している当事者には、ほとんど現金を渡さず現物給付という施設もあります。本人と契約するのではなく福祉事務所と契約し、誰からも関与されずに、委託費でそういう経営が可能になっているわけです」(宮澤さん)

 日常生活支援住居施設の設置が決定されるのと並行して、無料低額宿泊所の劣悪な居住環境も改善されることとなった。簡単な間仕切りで個人のスペースを仕切っただけの「簡易個室」や大部屋は、狭いスペースを最大限に“活用”できるため、大規模な無料低額宿泊所の主な収益源であった。しかしこれらは、2019年から3年間で段階的に廃止されることとなった。廃止は、新型コロナの感染拡大を抑止するためにも望ましいはずだ。しかし、「3密」回避に関する事業者の意識は温度差が激しく、「あそこは相変わらず」という声もある。今年は完全に廃止されるはずだが、実情は不明だ。