歴史に残るメルケル首相
コロナ危機でのリーダーシップ

 パンデミックの第一波が欧州を襲ったとき、ドイツのメルケル首相が行ったテレビ演説は、危機における民主主義国家の指導者のリーダーシップのありようを示すものとして、おそらく歴史に残るだろう。

「私は、旅行と移動の自由のない東ドイツに生まれた。だから、私は、私が行おうとしている今回の決定(ロックダウン)が、いかにわがドイツ連邦の民主主義の自画像を傷つけるものであるかをよく知っている。であるが故に、私は私たちの行う政治的決定を透明化し、可能な限り国民に伝えようと思う。そのことで私は私の決断を国民の信頼に値するものにする。それこそが『開かれた民主主義』だからだ」

「この決定は、私たちのコミュニティーの全ての人を保護し、経済的、社会的、そして文化的なダメージを抑えることを目的としている。今回の私の決定は、連邦政府とロベルト・コッホ研究所をはじめとするさまざまな専門機関・科学者・ウイルス専門家との絶え間ない協議に基づく、科学的な根拠に基づいたものである」

 1954年生まれのメルケル首相は戦争体験世代ではないが、戦後の、国土や民族、家族までが二分されてしまった「冷戦」を身をもって体験している。

 彼女の民主主義への確信、確固たるリーダーシップには、歴史経験に裏打ちされた人間と社会に対するリアルな現実認識がある。

 私たちの日常、私たちの社会を守るのは、私たち自身以外にはいない。その意味で、第一義的には社会の構成員としての自身の行動が問われることになる。だが危機にあって国家社会の命運を決するのは、指導者のリーダーシップだ。

 ただ同時に、危機にあって私たちが自身の運命を託する指導者を選ぶのもまた私たち自身であり、リーダーシップは、指導者と国民との間の信頼関係があってこそ機能する。信頼に足る卓越した指導者を選ぶことができるか。

 その答えは私たち自身の選択の中にしかない。

80年前、先人が見た光景と酷似
不安や分断、民主主義への懐疑

 パンデミックの前から世界は大きな時代の転換点に差し掛かっていた。日本のみならず世界中で既存の価値観が大きく揺らぎ、格差の拡大、社会の分断と治安の悪化、気候変動など、社会の継続性・秩序への信頼が揺らいで皆が将来に不安を覚えている時代だ。

 世界のあちこちで「自由と民主主義」への懐疑が広がり、反知性主義、ポピュリズムが力を得て極右・極左政党が無視できない勢力となりつつある。

 あたかもそれは、80年前に先人たちが見た光景に似ている。

 今問われているのは、社会の危機や統治の機能不全に、我々自身が正面から向き合い、行動することができるか、ということではないか。

 コロナの先にあるもの、もはや「旧に復することはない」という意味で、ポストコロナの社会は良くも悪くも「後戻りできない新しい日常」になるだろう。

 私たちは、どんな「新しい日常」を選択するのか。

 明治、大正の世代、令和の時代に消え行く世代の生き様から、同じ過ちを繰り返さないために学ぶべきことはたくさんあるように思う。

(上智大教授/未来研究所臥龍代表理事 香取照幸)