塾通いを始めた娘を持つ、ある夫婦の場合

 最後に、ある夫婦が宿題代行を導入するか否かで、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしたケースを紹介したい。
 
 Aさん(40歳女性)の娘は、小学5年生。4年生時から塾に通わせて中学受験の準備を始めていた。
 
 塾通い開始当初、Aさんは娘の学力にショックを受けた。学力を測る小テストで目も当てられない点数を連発したというのである。
 
「娘の学力にもショックだったが、自分がそれをまったく把握していなかったこともショックだった」(Aさん)
 
 とはいえ、娘の学力は徐々に伸びていった。しかし極めてスローペースであり、志望校に届く気配は感じられなかった。担当の学習プランナーは「この時期はそんなもの。親のサポートも必要だが、受験が近づくにつれて驚くほど伸びる子もいる」と励ましたが、Aさんの焦燥(しょうそう)感は募っていった。
 
 そこにきて、夏休みである。できれば受験勉強に集中したいのに、宿題がひどい足かせに思える。Aさんは、宿題代行の導入について夫に相談した。夫は「それが娘のためになるとは思えない」と猛反対した。
 
 それがただの“反対”ではなく、“猛反対”だったから、Aさんもカチンと来た。
 
「夫は金銭的にケチなところがあるので、まず『結局それかい!』と思った。
 
 しかし、もし宿題代行を頼まないなら、受験のサポートだけでなく宿題の手伝いも私たち夫婦でやらなければいけない。仕事が忙しく、なかなかきちんと時間が取れないため、宿題代行に頼むのは私の中で完全にアリだった。夫の感情論やケチで頭から否定されるものではない、と感じた」(Aさん)
 
 実は娘は小学校1~3年生時、夏休みの宿題をきちんとやり遂げたことがなかった。Aさんはだからこそ宿題代行を検討したわけだが、どうやら夫は「だからこそ、宿題代行を検討しなかった」そうである。
 
 Aさんは話し合ううちに冷静になってきて、夫の言い分を少しずつ理解した。夫は「夏休みの宿題を一度も片付けたことがないまま宿題代行を頼むのは、娘に『宿題をちゃんとやれなかった』という、一生付きまとう敗北感を植えつけることになりはしないか」という点を特に危惧しているようだった。
 
 これにAさんも納得し、宿題代行の導入はいったん見送られた。
 
「夫のケチをまかり通らせてしまって悔しいが、娘のためを思えば夫の主張は少し納得できた。少なくともうちでは、娘がきちんと夏休みの宿題を片付けられるようになるまでは代行を頼むことはない」(Aさん)
 
 宿題代行と一口に言っても、家庭によって受け入れられ方や意味合いはさまざまである。今後定着し、普及していくサービスなのかはわからないが、宿題代行の出現は、近年の学校教育のあり方を改めて考えさせられるちょっとしたターニングポイントにはなり得そうだ。