医学史に残る大偉業

 医療機器メーカー日本光電に勤めていた研究者の青柳卓雄は、今や世界的に用いられる「パルスオキシメータ」の生みの親である。

 青柳が注目したのは、酸素と結合した酸素化ヘモグロビンと、結合していない脱酸素化ヘモグロビンで「赤い色の光を吸収する度合い」が違うことである。そのため、酸素を多く含む血液は鮮やかな赤色に、酸素の少ない血液は暗い赤色に見える。

 パルスオキシメータは、この吸光特性の差(赤みの差)を皮膚の表面から観測できるのである。つまり、「荷物を搬送中のトラック」と「荷台が空のトラック」の割合を知ることができるのだ。

 パルスオキシメータを指先につけると、酸素飽和度の推定値を「パーセント」で瞬時に算出してくれる。この数字は、指に小さなキャップをつけておくだけでリアルタイムに変化する。驚異的な利便性である。

 日本光電の公式サイトでは、「青柳卓雄氏とパルスオキシメータ」と題し、開発にかかわるエピソードが紹介されている(2)。

 青柳が初めてこの原理を学会で発表したのは一九七四年である。その翌年、パルスオキシメータは商品化されるが、当時はさほど注目されずに開発は中断。その後、アメリカで全身麻酔手術中の患者が酸素不足になって死亡する事故が相次いだことで、パルスオキシメータは再び注目されることになった。

 一九八八年、同社はパルスオキシメータを再び発売する。青柳は当時、こう予言したという。

「今は単体装置が主流だが、将来は生体情報モニタリング機器に組み込むために不可欠になる」

 生体情報モニタリング機器とは、血圧や脈拍、体温など、生命維持に重要な指標をリアルタイムに測定し、表示してくれる機器のことだ。現場では「バイタルサインモニター」や単に「モニター」と称され、多くの患者が使用する医療機器である。

 今この装置には、当然のようにパルスオキシメータが組み込まれている。まさに、青柳が予想した通りの未来が現実になっているのだ。パルスオキシメータを使って得られる血液中の酸素飽和度の推定値は「SpO2(エスピーオーツー)」と呼ばれ、患者の状態を知る上で重要な指標である。

 SpO2のSはSaturation(飽和度)、pはpercutaneous(経皮的=皮膚を通して測定できる)を意味する。O2はもちろん酸素だ。つまり、SpO2は「皮膚表面から測定した酸素飽和度」という意味である。ちなみに、この数字の正常値はおよそ九六~九九パーセント。

 つまり、健康ならほぼ一〇〇パーセントに近い数字が出る。血液は、常時ほとんど飽和状態に近いレベルの酸素で満たされているのだ。

 青柳は、二〇一五年に日本人として初めて、米国電気電子学会が医療分野の技術革新に送る賞「IEEE Medal for Innovations in Healthcare Technology」を受賞した。また日本光電は現在、生体情報モニタリング機器のほか、AEDや脳波計などでも国内トップシェアを誇る企業である。

 新型コロナウイルスが全世界で猛威をふるい、まさにパルスオキシメータの面目躍如だった二〇二〇年四月、青柳は八十四年の生涯に幕を閉じた。その死はあまり大きく報じられることはなかったが、私たち医療従事者にとって、いや世界中の患者にとって、この発明は紛れもなく歴史に残る偉業なのである。

【参考文献】
(1)東京消防庁「年末年始の救急事故をなくそう」
 (https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/camp/2020/202012/camp2.html
(2)日本光電工業株式会社「青柳卓雄氏とパルスオキシメータ
 (https://www.nihonkohden.co.jp/information/aoyagi/

(※本原稿は『すばらしい人体』からの抜粋です)