古代エジプトでは…
左巻 紀元前3000年頃には、すでに人々の生活においてビールは身近な存在で、労働の対価としてパンとビールが支給されるのは当たり前の光景でした。
たとえば、紀元前2500年頃、エジプトではピラミッド建設が行われていて、そこの労働者への標準的な配給は「パン3~4斤」と「ビール約4リットル」だったそうです。
――それはおもしろいですね。
左巻 パンやビールを支給しているわけですから、労働者たちは単なる奴隷ではなかったということもわかりますね。
ちなみに、古代エジプト人にとってビールは本当に身近な飲みもので、家や居酒屋で気軽に飲んでいた記録も残っています。当時のビールは現在のものよりもアルコール度数が高く、約10パーセントほどだったようです。
飲み過ぎて周りに迷惑をかけていた人も多かったようですが、それは現代でも同じですね(笑)。
――たしかに、アルコール度数の問題もあるでしょうが、飲み過ぎて周囲に迷惑をかけるのは、今も昔も変わらないんですね(笑)。「ビール」を切り口に歴史を眺めてみるだけでも、けっこうおもしろいものですね。
左巻 私は化学の教師なので、もともとは酵母の話であったり、発酵が進むメカニズムの方が専門領域ですが、化学の視点だけでなく、歴史を絡めていろいろ調べていくとおもしろいエピソードがたくさん出てきます。
たとえば、ドイツと言えば「ビールとソーセージ」というイメージを持つ人も多いじゃないですか。実際、歴史的、化学的に見ても「ドイツビールはおいしい」ということが言えそうなんです。
――どういうことですか?
左巻 人類とビールの関係は本当に古いんですが、11世紀後半になると「ホップを使うと、もっとビールの品質がよくなる」ということがわかってくるんです。そうやって「ホップでビールを作る」ことが徐々に広まっていくんです。
それを知ったミュンヘンの王侯が、1516年に「ビールは大麦、ホップと水でつくる」という「ビール純粋令」を出したんです。
言ってみれば、王様自らが「おいしいビールの作り方」を定め、国中でそれを守らせたということ。そういう意味では、ドイツのビールが全体的においしくなるのもうなずけますよね。
その後、酵母を加えて「麦芽、ホップ、水、酵母のみを原料とする」と改良されているんですが、ドイツは現在でもこの基準を踏襲しています。
私たちが日常的に味わっているビールやアルコール類にはそんな歴史があって、「人類とお酒」の関係は想像しているより、ずっと古いんですよ。そんなふうに歴史を紐解いてみるのもおもしろいですよね。
東京大学非常勤講師
元法政大学生命科学部環境応用化学科教授。『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。1949年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)、『世界史は化学でできている』(ダイヤモンド社)などがある。
【「だから、この本」大好評連載】
第1回 マリー・アントワネットも悩まされた…汚物まみれだったベルサイユ宮殿の真実