新庁舎の外ならどこでもいいのか?
流転の福祉事務所、そして見直し

 次に浮上したのは、区役所近く、オタクの聖地として知られる「中野ブロードウェイ」沿いにある社会福祉会館への移転案だった。6月に開催された区議会では、この計画について面積や機能の面から質問する区議はいたが、実質的な議論はされなかった。この案は、2021年7月に公開された「中野区区有施設整備計画(案)」で公表された。

中野区「生活保護」置き去りに抗議殺到、区役所移転問題の顛末出典:中野区資料

 その解説には「多様化・複雑化する生活相談」に対応するため、自立支援窓口は新庁舎に配置、社会福祉協議会は社会福祉会館から新庁舎に移転、生活保護の窓口は社会福祉協議会が現在使用している社会福祉会館のフロアに設置されることとなった。ただし、実際にはスペースが不足しているため、「生活保護の窓口」は、社会福祉会館と新庁舎の両方に分割して設置されることになる。

 この方針転換によって、例えば生活保護のもとで老親を介護しながら障害を持つ子どもを育てているシングルマザーは、生活保護・高齢者福祉・障害者福祉・育児支援・ひとり親支援など福祉制度を利用するたびに、新庁舎と社会福祉会館を行ったり来たりすることになりそうだ。

 そもそも、中野区のケースワーカーは約150人(非常勤を含む)。民間委託問題が注目されているため、区長は20人の増員を行う計画である。ところが現在の社会福祉協議会は、どう考えても70人が限界という狭さなのだ。このため、福祉事務所の窓口は、必然的に社会福祉会館と新庁舎の2カ所に分割されることとなる。制度利用者やケースワーカーが現金や個人情報を持って社会福祉会館と新庁舎を行き来すると、犯罪リスクや情報漏洩リスクは増大しそうだ。

 パブリック・コメントの募集が開始されると、一般社団法人つくろい東京ファンドが広く送付を呼びかけた。区内外から寄せられた60通のコメントのうち、この課題に関するものへの区側の応答は、生活保護を含む生活援護機能を一体的に新庁舎に配置することを検討する内容だった。そして10月25日、中野区は区議会に対し、「区民の利便性や管理運営などの観点から」「生活保護窓口を含め生活援護機能を一体的に区役所新庁舎に配置する」旨を文書で示した。

 行政機関として機能させるためには、執務スペースには一定の堅牢さと広さが求められる。保護費という公金や個人情報を危険にさらすわけにはいかない。このような当然の理由の数々は、結果として無視されないこととなった。