リモートワーク、残業規制、パワハラ、多様性…リーダーの悩みは尽きない。多くのマネジャーが「従来のリーダーシップでは、もうやっていけない…」と実感しているのではないだろうか。
そんな新時代のリーダーたちに向けて、認知科学の知見をベースに「“無理なく”人を動かす方法」を語ったのが、最注目のリーダー本『チームが自然に生まれ変わる』だ。
部下を厳しく「管理」することなく、それでも「圧倒的な成果」を上げ続けるには、どんな「発想転換」がリーダーに求められているのだろうか? 同書の内容を一部再構成してお届けする。(初出:2021年11月26日)

業績に関係なく「冷めきった職場」が生まれる2パターン【書籍オンライン編集部セレクション】Photo: Adobe Stock

「ものの見方」を変えないかぎり、
人の行動は必ず「リバウンド」する

「報酬や懲罰などの外的刺激をもとにしたリーダーシップは、もはやうまく機能しない」──このことは世の中の多くのリーダーが実感しつつあると思います。

 では、いったいどうすればいいのか?

 結論から言えば、部下の「行動」ではなく「認知」を変えることが必要です。

「ものの見方」が変わらないかぎり、部下やチームの本質的な行動変容は起こりません。
 リーダーが少しでも目を離せば、彼らの行動は「元どおり」になろうとします。

 では、いったいどのようにすれば、世界の認知を劇的に変えることができるのでしょうか?
 われわれの「世の中の見え方」を抜本的に変えるためには、どんな手立てが有効なのでしょうか?

 このとき、最も有望なのが「ゴール設定」です。

 目標の設定に失敗すると、人や組織からはおのずと熱量が失われていきます。
 あなたの職場が「冷めきっている」原因も、おそらくは「ゴール設定」に問題があると考えたほうがいいでしょう。

「ゴール(目標)」が機能するには
「臨場感」が欠かせない

 たとえば、人間はVRゴーグルを装着するだけで、「ジェットコースターに乗っている」とか「スカイダイビングを楽しんでいる」という認知を持ち、その世界に没入することができます。

 それと同様、別の現実を「ゴール」として意識的にデザインし、そこに圧倒的な臨場感を抱けるようになれば、世界の認知の仕方(内部モデル)は変更できるのです。

 ところで、このような変化を引き起こすには、ゴールが次の2つを満たしていなければなりません。

 条件(1) 「真のWant to」に基づいていること
 条件(2) 「現状の外側」に設定されていること

 まず、人間はつねに整合性をチェックする生き物です。
 設定されたゴールが「本音中の本音で住みたいと思える世界」になっていないかぎり、つまり、「自分自身が本当にやりたいこと」と辻褄が合わないかぎり、そこに没入することなどできるはずがありません。

 したがって、ここで言うゴールとは、「今期の売上を達成する」とか「30代のうちに役員に昇進する」といった個別の目標ではないし、そもそも仕事の領域だけに限定されるものでもありません。

「こんなふうに生きてみたい!」と本気で思えるような、人生全体に関わるゴールであるはずです。

「なんちゃってパーパス経営」のウソ

 これを組織経営の文脈で語り直したのが、いわゆる「パーパス(Purpose)」です。

 ここでもキーになるのは、「没入」が起きるほどの「やりたいこと」がゴールに含まれているかという点です。

 たとえば、「世界から飢餓をなくす」というパーパスは、たしかに社会的には立派な志でしょう。
 しかし、経営者自身だけでなく、社員たちみんなが「飢餓がない世界」に真の臨場感を持てていないのであれば、それは単なる「絵に描いた餅」にとどまります。

 人・組織の「ものの見方」が書き換わることもないので、結果として誰も心から積極的に動こうとはしません。

 これが「なんちゃってパーパス経営」の深層で起きていることです。

「売上前年比120%」と言われても、
だれも積極的にがんばろうとしない理由

 さて、ゴールの2つめの条件に戻りましょう。

 それは、世界の認知の仕方を変えるようなゴールは、「現状の外側」に向かうものでなければならないということです。

 たとえば「目の前のこの面倒な仕事を終わらせて、思いっきりビールを飲むぞ!」というゴールを考えてみましょう。

 このゴールを設定した瞬間、脳は「仕事を終える」という行為の可能性をすでにシミュレーションしています。
 そして、そこに無理がなければ、われわれは「すでに仕事を終えてビールを飲み、幸せな気分を味わっている世界」に没入することになります。
 その結果、われわれはなんとなく「やる気」が湧いてきたように感じて手を動かしはじめるわけです。

 しかしここでは、「既存のものの見方」から「決まった行為」が出力されているにすぎません。
 つまり、一定の入力に対して同じ出力を返すようなルーティンをやっているだけなので、その人の認知はなにも変わっていないのです。

 ここから言えるのは、いくら没入が起こるゴールであっても、それが「現状の延長線上」にあるものであるかぎり、ものの見方の変革は起こらないのいうことです。

 ここで言うゴールを「今年度の売上を前年比120%にする」に差し替えたところで、話は同じです。
 そういう目標が立てられた瞬間、人はかつて前年比120%を達成したときと同じようながんばり方をしようとします。

 要するに、すでにやり方が見えていること、それなりにやれば達成できそうなことをゴールにしてしまうと、脳内では既存のものの見方(内部モデル)によるシミュレーションがはじまってしまうのです。

「ああ、だいたいこんな感じでやっておけばいいんだよな……」と見当をつけてしまうわけです。

「ゴール設定の失敗」から
「冷めきった職場」が生まれる

 人のものの見方を大きく変えるためには、現状の延長線上にはないゴール設定が必要です。

 むしろ、「並の努力ではとうてい達成できなそうなこと」「いったいどうすれば達成できるのか、まったく見当がつかないようなこと」をゴールとして設定するべきでしょう。

 以上が、人の認知に変革を引き起こすゴールの2つの条件です。

 すなわち、「心の底から住みたいと思えるにもかかわらず、どうすれば到達できるのかわからないような現状の外側にある世界」をゴールとして設定し、そこに圧倒的な臨場感を持ってしまったとき、人や組織の「ものの見方」は劇的に変わらざるを得ません。

 たとえ、そのゴールの目指す世界がどんなに途方もないものであっても、そこに没入せざるを得ないほどのパワーがあれば、脳は「現状」と「ゴール世界」とのあいだにあるギャップを埋めようと働き出すのです。

 さて、御社の職場では、こうしたゴール設定がなされているでしょうか?

 個人が心からやりたがっていることを無視して、既存路線を延長しただけの目標設定を繰り返していくかぎり、たとえどんなに業績がよくても、働く人からはどんどん熱量が失われていきます。

冷めきった職場」は、人間の認知メカニズムの必然的帰結なのです。