一部報道などで、「悪い円安論」がはやっているようだ。しかしこれらは、間違い、あるいは重要な点を見逃している議論である。なぜ間違っているといえるのか、さまざまなデータをもとに分析する。(名古屋商科大学ビジネススクール教授 原田 泰)
「悪い円安論」とは
「悪い円安論」が流行っているようだ(例えば、「円の実力、50年ぶり低水準に接近 円安で成長力高まらず」日本経済新聞2021年11月17日)。似たような記事から、なぜ悪いかという理由を整理すると、以下の3つがいえるようだ。
(1) 円安になれば輸入価格が高くなり、国内の実質所得が低下する
(2) 経済構造が変わり、円安になっても輸出が伸びない構造になっている
(3) 円安によって本来は退出すべき産業が残存することにより、日本全体の生産性が低下した
しかし、これらは、間違い、あるいは重要な点を見逃している議論である。
以下、間違いの理由を述べよう。
「悪い円安論」の何が問題なのか
(1)の円安になれば輸入価格が高くなるのはその通りだが、円高になれば輸出価格が高くなり、輸出産業の利潤は減少する。問題は、輸入価格上昇の損失と、輸出減少の損失のどちらが大きいかである。輸入価格が上昇しても国内の雇用を直ちに減少させるわけではないが、輸出価格の上昇は輸出企業の利益の減少、あるいは赤字転落を招いて直ちに雇用に悪影響を与える。雇用減少の損失のほうが通常は大きい。
(2)の経済構造が変わり、円安になっても輸出が伸びない構造になっているのは、ある程度はその通りだ。しかし、そもそもそうなったのは、80年代後半、90年代央、最終的に2008年のリーマンショック後の円高によってである。
世界金融危機の中で円レートは1ドル79円まで上昇した。これで日本の製造業の国内基盤は壊滅的打撃を受けた。日本の製造業の空洞化をもたらし、円安になっても輸出が伸びない構造になってしまったのは、リーマンショック後の円高によるものである。それでも2013年の大胆な金融緩和、QQEで円高トレンドが是正され、円が安定すると、まず海外観光客が押し寄せ、次第に財の輸出も伸びるようになった。
(3)の円安で退出すべき産業が残るという問題だが、円高になったからといって新しい産業が生まれる理由はない。産業は生まれず、雇用が破壊されるだけである。雇用がなくなるより、それほど華々しくはなくても雇用が残っているほうがマシである。