写真:アンデシュ・ハンセン氏アンデシュ・ハンセン氏。作家・精神科医。スマホをはじめとするデジタル機器が人々の生活を脅かしているという『スマホ脳』(新潮新書)はベストセラーに

人体の臓器はネットワークで
互いに影響しあっている

 高齢化やコロナ禍を受けて健康ブームが続いている。最近の研究でわかってきたのが、人体の臓器は高度なネットワークによって統合されており、たとえば心臓は心臓だけで動いているわけではないということだ。

 よく知られているのが、脳と腸が互いに影響しあう「脳腸相関」だ。「腸は人間の第二の脳」という言葉を聞いたことがある人もいるだろう。生物の進化は食べることと排泄することから始まっている。消化活動をコントロールする細胞が進化して脳になったというのが最新の研究で明らかになっており、腸に脳神経と同じニューロンという仕組みがあるのはそのためだと考えられている。

 腸と聞くと小腸だけと思いがちだが、脳腸相関の腸は口腔から肛門までつながる消化器すべてを指している。

 新潟大学と理化学研究所の研究で、歯周病が腸内細菌の機能を変化させて腸管のバリア機能が低下、内毒素血症を引き起こし、それが肝臓疾患へとつながることがわかったという。歯周病は他にも動脈硬化性冠動脈心血管疾患の発症率を高め、糖尿病を悪化させ、リウマチを引き起こすことがわかっている。単に歯が抜ける抜けないだけの問題ではないのだ。

最強脳 ――『スマホ脳』ハンセン先生の特別授業「最強脳 ――『スマホ脳』ハンセン先生の特別授業」(アンデシュ・ハンセン/新潮新書)。『スマホ脳』で投げかけたスマホがもたらす問題を運動が解決するという内容の新刊だ。

 政府は現在、大胆な発想に基づく挑戦的な研究を行う「ムーンショット型研究開発制度」を進めている。ムーンショット(=月へ飛ばす)の名の通り、その目標や予算規模は非常に大きい科学プロジェクトだ。同制度には9つの目標が設定され、それぞれにプログラムディレクター(PD)が置かれ、国内屈指の研究者が各プロジェクトに参加している。その中の二つ目の目標が「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」というものがある。

 これは脳腸相関のような人体の臓器間の包括的ネットワークを利用して病気を早期に発見しようとするもので、たとえば未知のウイルスに感染した場合に体の免疫反応をAIで分析してウイルスを特定したり、アルツハイマーのような発症まで数十年かかるような病気を体の変化からごく初期に発見する超早期の疾病予防体制をつくることなどの研究が行われている。

 こうした人体と臓器のネットワークは臓器円環とも呼ばれ、これまでのような臓器ごと、神経ごとに治療方法を探ってきた医療とは一線を画し、疾患を脳も含めた全身で捉えて治そうとする。医学のパラダイムシフトが起きつつあるのだ。