デンマーク創業のブロック玩具メーカーが急成長を遂げています。プラスチックのブロックだけを扱い、かつては模倣品があふれて経営危機にも直面したレゴ。しかしその後、レゴは驚異の復活を果たします。現在の売上高は玩具業界の中で世界一。ブランド信用力も世界一。『レゴ 競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方』では、レゴの強さの真髄を描きました。本連載ではレゴを知るキーパーソンに強さの理由について解説してもらいます。今回は、本書の解説を執筆したBIOTOPE代表の佐宗邦威氏。戦略デザイナーとして活躍し、レゴシリアスプレイのファシリテーター資格も有する佐宗氏が本書で書き下ろした解説文を3回に分けて公開します。
解説文1回目>「拡大路線につまずいて経営危機、パーパスを見直して生き返ったレゴ」
正解が分からない時代の起点
ここに来てなぜ、会社の存在意義が大切になっているのか。背景には、いくつかの理由がある。
一つは、急速な技術変化である。IoT(モノのインターネット化)やAI、ロボティクスなど、この20年ほどで起こったデジタルの技術革新は、社会構造を大きく変えた。産業の主役が工業から情報へと移行する中で、企業も情報化社会に適した経営や組織へのシフトが迫られている。情報化社会では、顧客や従業員などのステークホルダーからの共感を得ることが、事業推進に不可欠なのだ。
例えば、自動車業界。これまでの自動車メーカーは、品質の良い自動車を開発することが最優先課題だった。メーカーの資源はこの目的を遂行するために費やされ、質の良いクルマを効率良く開発することに最適化した「生産する組織」を構築することで、競合他社との競争を繰り広げてきた。
ところが、情報化の時代にルールは変わった。自動車メーカーが開発すべき製品は、必ずしも質の良いクルマだけではなくなっている。自動車業界以外からライバルが多数参入し、自動運転やシェアリングなどの新技術や新サービスも登場した結果、「モビリティ」という、従来よりも大きな概念で未来の自動車について捉え直す必要に迫られている。
よく言われるモノからコトという動きの本質は、新しい価値観に基づいたビジネスモデル、つまりシステムをつくるということにある。そしてシステムには必ず、設計思想が必要になる。
既存のクルマという枠にとらわれず、新しいアイデアを事業化していくには、まずそのよりどころとなる自社の思想、すなわち価値基準を定める必要がある。
自分たちの会社は何をすることを価値だと考えており、その結果、どんな社会を実現したいのか。
ここを起点に新しい試みを始めなければ、事業が迷走する可能性が高い。その意味で、企業はどのような価値を提供するかという「What」以前に、なぜその事業をやりたいのかという「Why」が問われている。
働く人の意識が大きく変わった
会社の意義が重視されるようになったもう一つの理由は、社会を構成する中心世代の価値観が変わってきたことだ。
生まれた時からインターネットやスマートフォンに日常的に触れている、ミレニアル世代やZ世代と呼ばれる層が社会の主役になりつつある。2025年には、彼らの世代が世界の労働人口の75%を占めるとも言われている。
これらの世代の消費の特徴として挙げられるのが、商品やサービスの魅力よりも、それを提供する企業の意義を重視するという点だ。
商品を選ぶ際には、価格や機能よりも、そこに内在する意味を重視し、開発した企業の姿勢への共感を大事にする。先進国のミレニアル世代・Z世代は、環境問題といった社会課題にも敏感だと言われ、サステナビリティといった言葉に対する感度も高い。
私が経営する共創型戦略デザインファーム BIOTOPE(ビオトープ)のメンバーの半数以上は20代だ。彼ら・彼女らと話していると、豊かさに対する価値観の変化を実感する。
金銭的な報酬も生きていく上では必要だけれど、それ以上に、自分が意義を感じるプロジェクトに関わっていたいと考えている。その背後にある本音は、「未来は予測できないし、絶対的な答えは分からない。それでも、自分と同じような価値観を持つ人や企業と一緒に、答えのない時代を、この瞬間を楽しみながら歩んでいきたい」というものだろう。
売上高や利益といった従来の経営指標だけで成功を測ることは、次第に難しくなっている。むしろ、これから大切になるのは、企業がどのような世界をつくり出したいのかというビジョンや世界観を示すことである。
それを通して共感してもらい、協働したくなる組織文化を醸成し、社員はもちろん、パートナーや株主などのステークホルダーにも仲間意識を持ってもらうことが、長期的に価値創造を続ける上で重要になってきている。
生産する組織から創造する組織へ
表現の違いはあれど、ほとんどの企業が自社の存在意義を定義している。ミッションやビジョンを策定して自社サイトに掲載している企業も少なくない。
しかし、それらが本当の意味で会社の中で生きた一人ひとりの人生の物語となっているケースは、残念ながら多いとは言えない。
特に歴史を重ねてきた伝統企業ほど、その意義を見失っている場合がある。
経営者の交代や事業の成長、多角化の結果、創業者が持っていた会社のDNA(遺伝子)が希薄化し、いつの間にか存在意義が曖昧になったり、社内で一貫性が保てなくなっていたりする。創業期には明確に存在した理想像と向かうべき方向が、どこかのタイミングで失われてしまうのだ。
工業化時代の「生産する組織」では、たとえ意義が希薄化したとしても、経営の深刻な問題になることは少なかった。前述した自動車業界のように、「やるべきこと」「作るべきもの」が明確に決まっていたため、経営者は大きな方針を示してさえいれば、生産活動は分業体制で効率的に管理できたからだ。
ところが、情報革命によってあらゆる人がネットワークでつながった時代には、状況が大きく変わってくる。
情報化社会は、さまざまな人や会社が、データやコミュニケーションなどの相互作用の末に、新しい製品やサービスのアイデアを生んでいく。企業はデータやアイデアなどの無形資産を集める場となるが、最終的に新しい価値を生み出せるかは、人にかかっている。従って、企業は人が大きなビジョンや存在意義を持てる場であり続けることが重要になる。
社員一人ひとりの思いや意義を引き出し、それらを会社の向かう方向と一致させていく「創造する組織」に転換する必要があるのだ。
この観点でも、レゴの事業の変遷は興味深い。成長の過程で、生産する組織から創造する組織へと切り替わっているからだ。分岐点となったのは、1990年代後半に陥った経営危機だ。
それまで、レゴは「子どもには最高のものを」という意義の下、強みをブロックの品質に置いていた。堅牢で壊れず、カチッとはまる精巧なブロックを、効率的に大量生産して、玩具市場でのシェアを広げていった。
ところが、1980年代にレゴブロックの特許が切れ始めると、ブロックの品質だけでは競争に勝てなくなっていく。
テコ入れのために外部から経営者を招聘し、脱ブロックを掲げて事業の多角化を推進するが、結果的には自社の存在意義が希薄化し、改革は失敗に終わる。そして、さらに深刻な経営危機に陥ってしまった。
ここで、レゴは再び自社の存在意義を問い直した。
この時、改めて確認したのが、レゴの提供する遊びとは、ブロックそのものだけでなく、組み立てシステムにあるという理念だった。レゴの価値はブロックの品質だけではなく、組み立てる体験にあると再定義したのである。
自社の存在意義を問い直し、やることとやらないことを明確にした結果、レゴはその価値を社外のパートナーと共同で拡張していくことが可能になった。
新しい製品を生み出すイノベーションの手段にとどまらず、会社の価値そのものを拡張するような好循環も生み出している。それはまさに、創造する組織への転換によって生き返った物語ではないか。(2022年1月8日公開記事に続く)