漁獲をごまかす理由は
漁場をライバルに知られたくない心理

「脇売り」を担うある業者の代表は、漁業者が漁獲報告をごまかす理由の一つとして「漁場を知られたくないという気持ちがある」と解説する。クロマグロが10匹釣れたとしても2匹か3匹しか報告せず、漁獲の大半を隠す。

 一本釣りや小型のはえ縄漁船のような沿岸漁業に限らず、大型のまき網漁船の漁労長たちにも共通する心理だ。しかし、売れない魚なら漁獲をごまかしても在庫処分に苦しむだけだからたいていの場合はブレーキがかかる。引く手あまたの大間のマグロの場合は、売れ残る心配がない分、ヤミ漁獲への誘惑を断ち切ることが難しいのだろう。

 単価の安い小型マグロ(30キログラム未満)に加えて、4年前に大型マグロ(30キログラム以上)の漁獲量にも天井が設定されてからは、7月から1月の漁期の前半、無報告で出荷し、枠をマグロの値段が高くなる年末・年始用に取っておくという動きも広まっているようだ。

 大間沖の津軽海峡は今期極端な不漁だが、太平洋側では大漁が続き、県の海区調整委員会が決めた操業区域外までマグロを追って操業し、注意を受けた漁船も数隻あった。また、本来なら漁獲上限を超えないよう水産庁の指導に沿って海に再放流すべきところ、ヤミで売った漁業者も少なからずいたといわれている。

市場流通量が漁獲量を実質超過する状態が
情報公開請求した行政文書のデータで判明

「大間産クロマグロの流通量が漁獲量よりも多いようだ」

 そんな噂が筆者の耳に入ったのは17年のことだ。ヤミ漁獲や産地偽装の可能性を疑い、東京都からは築地市場(当時)での大間産クロマグロの取引、青森県にはJF大間漁協のクロマグロ漁獲報告に関する行政文書を情報公開請求によって取り寄せて、分析した。

 集計結果は15年度の大型魚漁獲179トンに対し、築地市場での流通量は171トン、翌16年度の漁獲147トンに対し、流通量160トンだった。都道府県に対する漁獲報告は魚体の全重量であるため、内臓などを取り除いた市場流通時の重量より15%程度重いとみなして報告することを水産庁は推奨している。

 その計算方式で流通量から漁獲量を推計すると、15年度の漁獲は190トン以上、16年度は180トン以上になり、漁獲報告が1割から2割過少であることが疑われていた。

 前回12月15日に掲載した記事でも紹介した通り、2017年当時、その点を水産庁と青森県に質したところ、青森県の松坂洋水産振興課長(当時)から以下のような書面回答があった。

「大間漁協に対し、これまでも正確に報告するよう指導してきましたが、10月30日、改めて大間漁協に対し所属漁業者へ再度、指導を徹底し、その結果を報告するよう依頼しました。大間漁協からは、11月13日に国及び県に対し、前述の10月30日の指導を受け、組合から所属漁業者に対し、文書指導を行った上で未報告の再確認を口頭で行ったところ、漁業者から組合への漁獲報告漏れの連絡はないことから、大間漁協としては所属漁業者のクロマグロ漁獲量を100%捕捉できているものと考えているとのことです」

 国、県、漁協が指導責任を押し付け合った末、県が渋々、取材対応の窓口を引き受けた。そして、形ばかりの調査をした漁協の言い分をうのみにして、ヤミ漁獲の可能性を否定したのだ。

青森県は「原因不明」で調査打ち切り
築地時代に数十トンのヤミ漁獲流通か

 そのとき、大間漁協を通さない出荷の有無についても尋ねた。すると、青森県は「大間漁協の漁業者が竜飛方面(津軽半島)で漁獲して、最寄りの漁港に水揚げしたクロマグロは、最寄りの漁協が荷受けするため、大間漁協を経由しません。大間町の奥戸漁協が出荷する大間産クロマグロも同様に大間漁協を経由しません」と説明した。しかし、出荷の半分以上を担っている大間の民間業者のことに言及することはなかった。

 当時、筆者は日本経済新聞の記者で、産地偽装の証拠がつかめなかったこと、漁獲制限が試験的な段階で拘束力のある法的規制ではまだなかったこともあって記事化を見送った。しかし、漁獲未報告がいまだに続く大間の現状を知って、当時の判断は間違いだったと悔やむ。

 やはりデータが示す通り、築地市場(当時)だけでも年間20トンから40トン程度のヤミ漁獲マグロが流通し、他の市場への出荷や直売・加工向けのものを含めればさらに膨らむ可能性があることを疑うべきだった。

漁協以外の業者が
豊洲出荷の6割を扱う

 2つの表をご覧いただきたい。

 情報公開請求によって東京都から入手した15年度の築地市場、20年度の豊洲市場の取引データ(小型魚も含む)から算出した大間産クロマグロの出荷業者別の取扱量である。大間町内にある二つの漁協、大間漁協と奥戸漁協による出荷は4割を切る。つまり、大半の大間産のクロマグロは地元の出荷業者の手で出荷されているのだ。

 もちろん、漁協が生産者に渡す産地証明代わりのシール、大間漁協の場合は「大間まぐろ」、奥戸漁協の場合は「大間奥戸・津軽海峡」の文字が入ったシールは業者指定の出荷でも必要とされる場合が多い。

 特に、大間漁協の「大間まぐろ」のシールは通し番号入りで、商標としても登録されていて需要は強い。この商標付きのクロマグロなら、他の産地よりも高い値段で売れる。3割、5割は当たり前、2倍近い値段になることもあって、民間業者を指定してマグロを出荷する漁業者であっても漁協に委託手数料を支払い、「大間まぐろ」シールを魚体に貼りつける。

 その代わり漁協も漁業者の委任を受けて漁協は青森県に漁獲報告を行う。ここの部分の漁獲報告はほぼ間違いなく行われているとみてよいようだ。

「大間まぐろ」のシール「大間まぐろ」のシール。東京の市場で「大間まぐろ」を購入して食材に使用する食堂「魚喰いの大間んぞく」の店内で

漁獲報告は「大間まぐろ」の
シールの有無が目安に?

 しかし、「大間まぐろ」のシール不要という漁業者ならどうだろう?漁協に報告しないまま民間出荷業者に出荷を委託すれば、漁協に払う手数料を節約できる上、ヤミの漁獲なのであらかじめ上限を設定されている漁獲量を減らさずに済む。

 地元で業者の評判を聞くと、「漁獲報告は漁協や漁業者が行うもの」と割り切って、漁獲報告を代行しようとは考えない人もいたり、「(漁獲枠を守るため)釣れても放流するくらいならマグロを引き取る」と勧誘する業者もいたりするようだ。漁協と違って行政との関わりがほとんどない民間出荷業者に漁獲報告を徹底させるのはなかなか難しい。民間業者を利用して出荷する漁業者の中には、漁獲量や収入をごまかそうと考えている人も少なからずいるようだ。そうした実情を好ましくないと考える漁協幹部や漁業者もいて、「この際、水産庁や青森県は徹底的に調査をして、ウミを出し切ってほしい」という声は決して少なくはない。

「大間まぐろシールを貼っていないマグロを見つけたら報告してほしい」

 大間漁協の坂組合長らはヤミ漁獲マグロの流通を防ぐため、豊洲市場など各地の主要な卸売市場を回ってそんな呼び掛けもしたという。

 産地から荷を受ける側である豊洲市場の卸売会社やスーパーや加工会社などバイヤー側から働き掛ければ、効果はあるだろう。

 しかし、東京都は「集荷に当たって漁獲報告の確認は要件となっていない。確認に当たっては国等による仕組みの構築が必要だ」(田口慎也・豊洲市場水産農産品課長)と、卸売市場だけで解決できる問題ではないという立場を取る。農林水産省の卸売市場監督部門などとも縦割りの壁を越えて水産庁が違法マグロに関する情報を共有し、漏れのない対策を考える必要がありそうだ。

地域団体商標「大間まぐろ」は
適切に運用されているのか?

 21世紀に入って、大間産のクロマグロが豊洲市場やその前身の築地市場の初セリで最高値を譲ったのは11年の1度きり。圧倒的な人気を誇っている。20年前には最高値でも1キログラム当たりの単価は2万円前後だったものが70万円、120万円と高騰するにつれ、ブーム過熱への警戒感は強まっている。

 コロナ禍で異常な高値が消えるとともに、大間産クロマグロのブランド確立に大きな役割を果たしたとされる地域団体商標「大間まぐろ」の認定が緩くなりすぎていないかという疑念も広がってきている。

 特許情報プラットフォームで検索すると、「大間まぐろ」は07年6月に地域団体商標として登録されていて、その商品の定義は「青森県下北半島大間沖で漁獲されるまぐろ」である。

 特許庁地域ブランド推進室が運営する地域団体商標案内サイトに権利者である大間漁協が寄せた説明文には、「大間で水揚げされるまぐろは一本釣・延縄漁法で漁獲され、水揚げ後直ちに内臓処理を行い、水氷に入れて鮮度保持に努めております」とある。

 つまり、「大間まぐろ」と呼べるのは、大間沖で漁獲し、地元大間で水揚げしたクロマグロに限定されるわけだが、最近は津軽海峡にマグロの魚影は少なく、漁獲の多くは太平洋側で、遠くは八戸や岩手県の沖合だったりする。商標の使用とは無関係にそれらを大間で水揚げして大間産クロマグロと呼ぶことができたとしても、果たして「大間まぐろ」の商標で販売することが適切なのだろうか?

 ベテラン漁師は「大間まぐろの商標が登場したころは津軽海峡で8割方のマグロが捕れた。いまは1割あるかどうか」と嘆く。わざわざ漁獲地を「大間沖」と限定した地域団体商標「大間まぐろ」を使用することは、産地偽装を疑われかねない大きなリスクを背負うことでもあるのだ。

食品表示法では
漁獲海域を示す義務

 どこで船から降ろしたかも重要だが、食品表示法では水産物は原則として漁獲した海域を表示し、海域が不明のときは水揚げ港か県名を表示することになっている。

 他の漁協で水揚げをしてしまうと、大間漁協の「大間まぐろ」のシールを貼ることができなくなるため、青森県の太平洋側や岩手県など遠隔地で夜間、こっそり水揚げして大間漁協まで陸送する人もいるという噂が絶えない。

 繰り返しになるが、地域団体商標「大間まぐろ」は、大間沖での漁獲や大間での水揚げをうたっている。その「大間まぐろ」のシールを貼って出荷するのであれば、その権利を持ち、商標シールを発行する大間漁協は、万が一にも産地の偽装を疑われることがないよう出荷するクロマグロの漁獲水域や水揚げ場所について、しっかりと説明責任を果たしていく必要があるだろう。