親の介護は子どもがみるべきか?
それとも社会全体で支えるべきか?

 住民票というのは生活の実態に合わせて届け出を行うもので、同じ住所で一緒の家計なら、同一世帯ということになる。そのため、「介護保険の利用料を安くしたい」という理由で世帯分離をすることは、本来の目的からは逸脱しており、自治体によっては受けつけてもらえないこともある。

 だが、世帯分離するかしないかで、介護費用や施設費の自己負担額に大きな差が出るため、現実にはこうした裏ワザを使っている人は少なからず存在する。

 介護保険は、保険料と税金によって支えられている制度で、誰もが一定のルールのもとに利用することを前提に成り立っている。そのルールを逸脱して自分だけ得をしようとすれば、その持続可能性は危ぶまれるため、介護費用の節約を目的とした世帯分離には批判の声も上がっている。

 収入の高い子どもがいるのに、世帯分離という手続き一つで、他の人より安い介護費用しか払っていないのは、保険料や税金を負担している国民として納得しかねる感情を抱くのもわからないではない。

 こうした制度の矛盾を取り払い、誰もが平等に利用できる制度にしていくためには、「高齢者の介護は誰が面倒を見るべきなのか」という基本に立ち返る必要があると思う。

 そもそも、介護保険は、それまで家族だけが担ってきた介護の重い負担を、社会全体で分担していくために作られたはずだ。であるなら、子どもや配偶者などの収入に関係なく、利用者本人の収入や資産に応じた負担に統一すれば、世帯分離するかしないかで負担が異なるような不平等は発生しないはずだ。

 だが、社会の根底に「親の介護は、子どもが面倒をみるべき」という根強い考えがあるため、現在のような負担の体系になっているのではないだろうか。

 高齢者の介護は、子どもが責任をもつのか、それとも社会全体で支えていくのか。このことを明確にして、国民全体の合意を得ていかない限り、いつまでたっても「世帯分離を知ってる人だけがトクをする」という介護保険の不平等な側面はなくならないように思う。