2人の少女のその後の人生は
中国では今も色あせない14年前の騒動

 あの騒動から14年――。実は、中国国内では、その後の2人の人生がひそかに注目を集めている。

 まず、実際の舞台に立った林妙可。実は、彼女は北京五輪の開会式に出る前からすでにコマーシャルやドラマに出演するなど、そこそこ名の知られた子役であった。祖父が著名な画家で、父は写真家という芸術一家に生まれ、母親が専属マネジャーを務め、営業や出演料の交渉、スケジュールの管理などの役割を果たしていたという。

 口パク騒動ではひどくバッシングされ、周囲の人から「しばらく芸能界から身を引いたほうがいい」といわれるほどだったが、良くも悪くも開会式出演をきっかけに知名度は一気に上がった。彼女の母親は、娘をタレントとして生きていかせることに、全力を尽くした。ドラマ、映画、コマーシャル、バラエティー番組などさまざまな番組に出演。出演料もだんだん上昇していったという。日本の紅白歌合戦に当たる「春節晩会」にも2度、出演している。中国の有力紙「南方週末」は、「林妙可は中国で最も多忙で、稼いでいる少女だ」と報じた。

 しかし、こうした母親の戦略は、「カネを稼ぐことしか頭にない」と考える批判的な視聴者を生むことにもつながったようだ。また、子役時代はさまざまなメディアに引っ張りだこだったが、その人気も徐々に低迷していってしまった。今も時々テレビや映画に出演しているが、かつてのように大きくフィーチャーされることはほとんどなくなった。

 その後、17年に18歳となった林妙可は、役者を育成する中国の三つの名門大学を受験したが、いずれも不合格となる。このことはニュースになり、多くのネガティブなコメントにさらされることになってしまった。SNSでは「あんなに有名になったのに受からないなんて……」という厳しい声が多く見られた。

 一方、実際の歌を歌った楊沛宜には口パク騒動後に、たくさんのマスコミから取材依頼が殺到したが、父親の意向で取材にはほとんど応じず、騒動については口を閉ざしていた。彼女には歌の才能があり、歌うことが大好きで、いくつかのレコード会社と契約していたが、長くは続かなかった。

 結局、その後は芸能界から遠ざかり、勉学に集中することになる。もともと数学が得意で成績が良かった彼女は、北京にある名門、中国人民大学の付属中・高校に合格し、進学した。

 高校在学時には、「全米経済学挑戦」(National Economics Challenge、略称NEC)コンクールや、アメリカ学業的十種競技(United States Academic Decathlon、略称USAD)に参加し、数々の賞を取った。こうしたことがネットを通じて中国社会にも知られるようになり、彼女は「学覇」(中国のネット流行語で、勉強ができて成績が優秀という意味)と褒め立てられている。現在は、米ノースカロライナ大学に進学。学業の傍ら、作詞・作曲やライブ活動を行っているといわれている。

 14年前の騒動は、今も多くの中国人の記憶に焼き付いている。昨今はSNSが普及したことで、この騒動についてもさまざまな意見が見られるようになった。騒動の当初は、プロデューサー個人や出演した林妙可を批判する声も多かったが、今は「口パク歌唱」という行為を選択した事実そのものを嘆く声が大半である。日本にいると、「中国では口パクはよくあることだろう」といった意見を聞くこともよくあるのだが、これは誤解である。筆者の知る限り、口パクに賛成する意見は一度も見かけたことがなく、多くの国民は口パク行為に批判的だ。

「口パクは、当時、国の立場やメンツを考えてとった策だろうと理解するが、しかし、このことで、国家の品格や芸能界の拝金主義の風潮が疑われる。全世界の前で、公然と口パクという偽装行為をするなんて、言葉を失った」

「完璧にしたいという気持ちは分かる。しかし、これらは本当のことをもとに行うべきである。立派な大人たちが、罪のない二人の幼い女の子を傷つけ、過酷な運命を背負わせた。そして、全世界をだまし、わが国に恥をかかせた」

 本稿執筆時点では、2月4日に行われる冬季五輪の開会式がどのようなものになるかは分からないが、14年前の教訓を生かし、良い意味で記憶に残る式になることを切に願う。