五輪の裏で注目、江蘇省で発見された「鎖の女」事件

 しかし、スポーツ選手、特にメダリストはどんなに貧しい家庭の出身であっても、いまや人生の勝者となっている。収入の面も社会地位などもそれなりに守られている。北京冬季五輪進行期間中に、GDP(国内総生産)が中国2位を誇る江蘇省では、中国全土いや世界を震撼(しんかん)させた一大事件が発生した。

 江蘇省の北部に徐州市という町がある。その管轄下にある豊県というところで、女性が誘拐され、8人の子どもを出産させられた上、首に鎖をつけられ長年仮設の小屋から出られないように監禁されていた。

 その事件が偶然発覚し、インターネットのSNSにアップされた。動画の中で、女性は「私は売春婦同然にされている。終日、売春させられている」と必死に訴えている。この動画を見た無数の中国国民はこの信じられない事件に怒りを覚え、事実の究明とこの「鎖の女」(または「8人の子どもの母」)と呼ばれる女性の身柄の解放を強く求めた。

 しかし、事件発生から1カ月以上も沈黙を保っていた地元政府は、女性を病院の精神科に強制的に入院させ、他人との接触を禁止した。そればかりではなく、外部の人間が村に入れないように道路も封鎖した。同時に、4回もほとんど信ぴょう性のない事情説明を発表して、事件をひたすら隠ぺいしようとした。「鎖の女」が監禁されていた小屋も発覚後に慌てて解体され、完全に撤去された。

 多くの中国人は進行中の五輪の試合よりも、この事件に大きな関心を持ち、その解決をさまざまな形で強く求め続けた。以下の数値を見ても、民衆の関心の高さを読み取れる。

 2月中旬までの統計(中国のIT企業による調査)によれば、北京冬季五輪で最も脚光を浴びた谷愛凌さんに対するインターネットの投稿を読んだネットユーザーはのべ11.4億人、議論の回数は21.3万回、オリジナル投稿をした人数は3万人。

 対して、徐州市豊県が公表した「鎖の女」に対するインターネットの投稿を読んだネットユーザーはのべ41.9億人、議論の回数は312.9万回、オリジナル投稿をした人数は6万人。

 民衆からの関心と追及のプレッシャーを受け、2月17日、江蘇省共産党委員会と省政府は自ら事件の調査に乗り出す。同23日には調査報告書が発表された。それによると、調査チームは、江蘇省内だけではなく、雲南省、河南省などの関係地域にも赴いて、延べ4600人以上を訪ね、1000部以上の資料も精査したという。

 こうした調査の結果、「鎖の女」の「夫」を虐待の容疑者として、他の2名を「女性誘拐・人身売買」容疑で逮捕。そのほか6名に対しても刑事上の身柄拘束を意味する「刑事強制措置」を取った。

 17名の共産党幹部と公務員に対しては、職務怠慢・背任行為があったとして、共産党党内での厳重な警告や職務解消、党員除名などの処分を下した。ただし、刑事責任が問われそうな人は一人も出なかった。

 北京五輪で中国の科学技術とソフトパワーの大きな進歩が見られた一方で、広大な農村や地方でばっこする女性・子どもの誘拐と人身売買などの悪質犯罪の現状は混沌としている。さらに、発達するインターネットと厳しい情報封鎖と同時に、民衆の権利要求が急速に高まっているが、一向に行政の法治意識は向上しない。

 1978年から始まった中国の改革・開放は、GDP世界2位の中国とGDP中国2位の江蘇省を作りだした。しかし、まだ数多くの「徐州」や「豊県」を抱えている現実は、中国の改革事業の複雑さと困難さをあらためて教えてくれている。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)