例えば、19年に中央市場で取引された量は、すべての産地で1568トン、うち熊本県産が1349トン。ところが、この年に出荷された熊本県産のアサリは339トンしかなかった。19年だけでなく、少なくとも15年以降はこうした実態だったことが、熊本県の統計資料からわかるのだ。こうした失態について県は「蓄養の実態を把握していなかった」という言い訳をしている。

 一方で国に対しては「アサリの産地表示に関するルールが問題だから法律を変えろ」と迫っている(詳しくは『アサリ偽装が「産地表示ルールの変更」では防げない理由とは』参照)。自分たちが熊本県の浜で何が起きていたのかを調査もせずに、ルールが悪いという。実は、ここに根本的な問題がある。

 偽装表示で、不正競争防止法違反で摘発された案件の多くは、県や市などの地方自治体が、警察や農水省に対し「悪質な偽装をしているので検挙してほしい」と依頼することから始まっている。

 もちろん、事前に農水省や警察、都道府県や地元自治体が協議をした結果、摘発に動く。地方自治体が動くキッカケとなるのは、多くの場合、地元の同業者からの通報だ。同業者から「俺たちは正直に商売しているのに、不正をしてもうけている業者がいる」という声に動かされて行政が動く。

 ところが熊本県のアサリの場合、これだけの大規模な偽装を1社だけがしていたとは思えない。1社を不正競争防止法で摘発すれば、当然、同じ不正を働いていた業者を見逃すわけにはいかない。

 もちろん、今後の展開次第で逮捕者が出る可能性はあるが、まさに「皆で偽装すれば怖くない」という状況で終わる可能性もある。

 熊本県知事も、自分たちの失態を棚に上げて「ルールを改正すべきだ」と主張しているが、偽装という不正行為を行う輩は、どんなルールを作ろうが網の目をくぐって、消費者をだまし、もうけようとするだろう。

 アサリ偽装が起きたのは、ルールが悪かったからではない。偽装を防止するための最善策を怠り、長期間にわたって偽装を許してきた行政の責任である。