産地表示の実態調査結果を
農水省が発表した理由

 前述のように、農水省が、アサリの不適切表示を指摘した熊本県の水産会社の調査に入ったのが、19年8月22日から21年11月24日である。

 一方、農水省はこの間の20年10月から12月にかけて、全国の広域小売店1005店舗で産地表示の調査を行い、販売されているアサリのDNA鑑定を行っている。そして、今年2月1日に、「熊本県産と表示されたアサリのほとんどが中国産だった可能性が高い」と発表した(詳しくは『「中国産アサリの産地偽装」で、熊本県の次に狙われるのが愛知県といえる理由』参照)。

 冒頭で書いた通り、農水省は水産会社の調査に2年3カ月を費やしたものの、刑事責任を問うことができず、実質注意処分となった。何らかの理由で不正競争防止法違反では摘発できないと判断したのだろう。

 だが、国産アサリの漁獲量と流通量の違いについて、農水省は疑念を抱いたはずだ。しかも、偽装の舞台となったのは熊本県である。熊本県がどうして実態を把握していなかったのか(あるいは把握したくなかったのか)、不信感を抱いたのではなかろうか。

 そこで偽装の調査も終了する時期に、DNA鑑定で分析までして公表することで、全国民にアサリ偽装の実態を知らせるとともに、熊本県にも「これ以上の偽装を許すな」とくぎを刺したのではないだろうか。

 農水省は、刑事事件として摘発できなかった無念さもあったはずだ。熊本県の水産関連業者を不正競争防止法違反で摘発できないのなら、別の方法で国民や地方自治体に真実を知らせようとしたのではないだろうか。

 1社を不正競争防止法違反で摘発しても、マスコミの取り扱いは小さくなる。ところが「熊本県産のアサリは、ほとんど中国産だったと科学的な証拠で公表すれば、世間は『皆だまされていた』と驚くはずだ。摘発よりも偽装防止効果は高い」と農水省は考えたのではないだろうか。さらに、もっと早く偽装の実態を把握できたはずの熊本県や地元の業者への警告にもなる。

 まだ、アサリ偽装事件に幕が下ろされたわけではないが、逮捕者を出すことができないなら、熊本県および偽装業者をこうして懲らしめるしか方法はなかったのかもしれない。