成年年齢の引き下げに
学校の対応が追いつかない理由

 今回の改正について「“教育者”の視点からの協議が不十分だったのでは」と神内氏は指摘する。

「成年年齢の問題は民法改正という大きな変更の一部でしかなく、重点的に議論されていたわけではありません。改正に至った経緯や記録を見返すと、法律家が主導して成年年齢の引き下げを議論している一方で、教育や福祉に携わる識者はあまり議論に参加していませんでした」

 神内氏によれば、選挙権を引き下げた時は世論の大半が賛成だったが、成年年齢の引き下げについては政府で議論を始めた当初から現在まで一貫して賛否両論あり、しかも反対意見のほうがやや多いという違いがあるという。

 選挙権は単に権利を与えることだが、成年年齢は義務や責任も負うことになる。法律家の視点からは18歳になれば一律に成年者として扱うのが合理的かもしれないが、高校生と日常的に接している教育者からすれば、実際の生徒の成熟度は個人差が大きく、一律に扱うことはかえって生徒にリスクを負わせることになりかねない。

 さらに神内氏は、「高校生が成人になるという変化に対し、現場の教師たちの関心はそれほど高まっていないんです」と続ける。

「今春は学習指導要領の改訂もあり、授業内容が大幅に変わるため、教師はその準備で手いっぱいな状況でした。成年年齢の引き下げに関する学校からの相談件数は増えてはいますが、何かトラブルが起きたらその都度対応策を考えるという、“出たとこ勝負”のスタンスの学校が多い印象です」

 準備が不十分ともいえる今回の成年年齢引き下げだが、一方で、自分の意思で生き方を決められることは、虐待やいじめといった苦しい環境に置かれる生徒の救いになる可能性も持ち合わせている。

「虐待を受けている子どもが児童福祉法で保護されるのは18歳まで。そのため、18歳を超えて児相の保護対象から離れても、高校生の身分では親との縁を切れず、苦しみ続けている人も多い。今回の改正により、そうした人たちが自分の意思で住む場所を決め、親に干渉されない生き方を選ぶチャンスが生まれるはずです」

 今回の成年年齢引き下げは、高校生が経済的にも精神的にも「大人になるとはどういうことか」を改めて考え、自立の第一歩として機能する可能性も十分あるのだ。

【監修】神内聡氏
じんない・あきら/弁護士、兵庫教育大学大学院准教授。東京大学法学部卒業、同大学院教育学研究科修了。中高一貫校の社会科教員としても勤務しており、教員経験を生かして、各地の学校のスクールロイヤーや教育学の研究を行っている。著書に『大人になるってどういうこと? みんなで考えよう18歳成人』(くもん出版)、『学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場』(角川新書)など。