ところがそうした暗い予測とはうらはらに、この100年は長寿化の世紀となった。そもそもホモサピエンスの平均寿命は、石器時代からこのかた、35年という「天井」を突き破れないままだった。1920年生まれのイギリス人の赤ん坊でも、41年しか生きられないと予想されていたのだ。しかしその子孫の平均寿命は、現在80年を超えている。

 そしてこの2、30年、中国とインドを筆頭とする発展途上国も、急速な平均寿命の延びを経験している。いったいどうしてそうなったのか、さまざまな角度から探ったのがスティーブン・ジョンソン著『Extra Life:なぜ100年間で寿命が54年も延びたのか』である。

 スティーブン・ジョンソンは米国のノンフィクションライターで、世界史をユニークな切り口でとらえ、興味をそそる物語でわかりやすく伝える名人だ。『新・人類進化史』シリーズでは科学技術、娯楽と文化、そして決断プロセスといった観点から、世界史を読み解いている。

 それに対して『Extra Life』が語るのは数字の話、わずか1世紀で人びとにプラス2万日の人生がもたらされた話である。こうした歴史本は構成が難しい。ヒーローが1人ではなく1000人もいる。年代順に説明しようとしても、イノベーションが次々に出てきて直線的な時系列では収まらない。そのうえ、進歩を促したイノベーションそのものが、ほとんどつねにほかのイノベーションとの共生関係に巻き込まれている。

 結局、著者は物語を8つのカテゴリーに分け、新しいアイデアが生まれた経緯と、そのアイデアをイノベーションに結実させるべく奮闘した人びとの話を、生き生きとした語り口で綴っている。

 まずは「平均寿命」という概念そのものだ。現存するアフリカの狩猟採集民族を研究する人類学者が、歳を数える習慣のない彼らの平均寿命を推定するという難題に取り組む話から始まり、17世紀にロンドン市民の死亡記録を丹念に読むことで、初めて平均余命を計算した人物が紹介される。いまでは人口統計学で当たり前の平均寿命が、そもそも貴重な概念であることを思い知らされる。

 そして当然、医学の進歩は重要だ。ひとつは「ワクチン」。天然痘を予防する種痘といえばイギリス人医師のエドワード・ジェンナーの名が知られているが、じつは患者の膿を健康な子どもに植えつけるという野蛮ともいえる方法はずっと前から行なわれていて、それをイギリス社会に広めたのは聡明で勇敢な貴族階級の母親だった。しかもアメリカではジェファーソン大統領が空き時間にワクチンの治験をしていたという。