京都大学の協力の下に始まった、総長の湊長博氏と京都大学を卒業したビジネスリーダーたちとのシリーズ対談。第1回目は、1978年工学部卒のNTT代表取締役社長、澤田純氏をお招きし、第2回目では、MS&ADインシュアランスグループホールディングス会長の柄澤康喜氏にご登場いただいた。柄澤氏は現在、経団連でダイバーシティ推進委員会と経済財政委員会の委員長を務めており、ダイバーシティ&インクルージョン、人生100年時代、何よりリスクマネジメントについて造詣が深い。今回の対談でも、産学の立場の違いこそあれ、これらのトピックスのみならず、教育の問題などについて建設的な意見が交わされた。

ジェンダーギャップの解消は
もはや待ったなしの課題

編集部(以下青文字):経団連の「ダイバーシティ推進委員会」には、現在3人の委員長がいます。資生堂の魚谷雅彦さん、サニーサイドアップグループの次原(つぎはら)悦子さん、そして柄澤さんです。そこでは、どのような議論が交わされているのでしょう。

多様性、人生100年時代、そして起業家社会【前編】MS&ADインシュアランスグループホールディングス
取締役会長 会長執行役員
柄澤康喜
YASUYOSHI KARASAWA
1975年、京都大学経済学部卒業後、住友海上火災保険(現三井住友海上火災保険)に入社。執行役員経営企画部長、常務、専務を経て、2010年に代表取締役社長に就任。2014年6月MS&ADインシュアランスグループホールディングス取締役社長を経て、2020年4月より現職。

柄澤:内閣府の『第5期科学技術基本計画』(2016年)にあるSociety 5.0という考え方によれば、我々は、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会を経て、AIの第4次産業革命に続く「創造社会」を迎えているといわれています。これまで指摘されてきたように、日本は「東洋の奇跡」といわれた経済成長を遂げ、工業社会のトップランナーでした。しかし、そのような成功体験ゆえにあぐらをかいて、いつのまにかIT社会ではデジタル化に後れを取り、湊総長もよくおっしゃっているように、時代に見合ったイノベーションを生み出す力が育っていません。

 また、成功したことでリスクテーキングに躊躇するようになり、既存の体制を維持し、前例主義、ルールや規律に厳しい組織文化が一般化し、創造性や多様性に目が行かなくなってしまった。ここから抜け出すのは、言うほど簡単ではありません。

 基本的に、IT社会はインターネットでつながったオープンな環境を前提としています。IT黎明期の1990年代から2000年代を振り返ってみると、日本企業はオープン化によって得られる利益が理解できず、おしなべて自前主義で閉鎖的でした。最近は変わりつつあるようですが、やはりオープンイノベーションが苦手です。

 そして、もっと足りないのが、やはり多様性——人材のダイバーシティ&インクルージョンです。女性はもとより、障がい者、国籍や人種、LGBTQ、世代、宗教の異なる人たちが必ずしも平等に扱われている状況ではありません。

湊:Z世代など、ジェネレーションの違いもありますね。

柄澤:おっしゃる通りです。とりわけジェンダーレスに関しては、経団連は2030年までに会員企業の役員数の3割を女性にするという数値目標を掲げています。いきおい数値目標を立てると、手段と目的を履き違えてしまう、また数字合わせは本末転倒であるともいわれますが、数値目標を掲げ、行動目標に落とし込み、2030年を起点にしたバックキャスティングによって実行しなければ、追い付かない。実際、世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数を見る限り、日本は156カ国中120位(2021年3月現在)と、圧倒的にスピード感と実効性に欠けています。

 数値目標を掲げてうまくいった例として、他の欧米諸国よりは保守的なイギリスで「30%クラブ」という運動がありました。これは、FTSE(フッツィ)100という日本のTOPIXに当たる代表的企業の女性役員を30%にするというものです。2010年のスタート時は12%でしたが、2018年には10年を待たずに30%を達成しています。現状TOPIXの女性役員は10%程度ですが、イギリスの例を踏まえれば、2030年に30%という目標はけっして非現実的ではないはずです。