そのことを理解していただくために、この記事では三つの問題提起をしてみたいと思います。問題を簡単な順番に並べると、

(1)「SNS時代だから発言には気をつけろ」という認識は正しいのか?
(2)おじさんが幹部にいる限りこのような不祥事はなくならないのか?
(3)呼び方が「女性エントリーユーザーを吉野家ファンにする戦略」だったらよかったのか?

 という問題提起です。順に解説してみたいと思います。

SNS時代に合わせた公式発言では
本音が伝わりにくい

 まず1番目の「SNS時代だ」という認識をしっかりさせたうえで、「発言に気をつければいいのか?」という問題です。

 今回の吉野家のように、企業は再発を防止するためにすでに力を入れているはずのコンプライアンス研修をさらに社内で徹底します。していい発言としてはいけない発言を教え込むわけです。

 その際におそらくは少し困ったことが起きるでしょう。これまでの一般的なコンプライアンス研修では、「していい発言としてはいけない発言の境目」として「相手から不快だという反応が返ったら謝罪し、二度と同じ発言はしない」というガイドラインがありました。

 際どいジョークと差別はそもそも紙一重の関係にありますし、社内で恋愛感情が芽生えた場合にそれを表現することは相手によっては不快感を感じることもあるわけです。口にしてしまったことで相手が「不快だ」と返したらこれまでは「謝罪して二度と言わない」のがルールということでOKだったのです。しかし、そこに「SNS時代では」という前提が加わると問題が変化します。

 というのは「不快だ」と思った相手が本人に直接伝えるのではなく、SNSに「不快なことが起きた」と投稿するわけです。それを読んだ多数の人がさらに不快になる。そして不快なことをしでかした役員や社員とは別に、不快なことを言った人物が在籍する会社の商品の不買運動が起きる。これがSNS時代です。

 要するにSNS時代を考慮すると、してはいけない発言は言わないように指導しないと会社を守ることができなくなる。今回のように明らかに不適切な発言例は言ってはいけないと指導するとして、それだけでなく微妙だと思ったら言ってはいけない。判断がつかない場合は言ってはいけない。とにかく言ってはいけないと指導することが会社の方針になってしまうわけです。

 1番目の問題点をまとめると「SNS時代だから発言に気をつけろ」と指導することで、責任ある立場の人はポリティカルコレクトな発言(=社会の特定のグループのメンバーに不快感・不利益を与えないように意図した発言)しかできなくなる。このルールを一番守っている人が日本の場合は首相と官房長官ですが、要するにそのような公式発言しかできなくなる。その何が問題なのかというと、本音がまったく伝わらないわけです。それでいいのか?というのが最初の問題提起です。