まずは感謝とリスペクトから

平尾 バランスってすごく難しいですよね。「誰もやっていないことをやるんだ」と突き進むこと自体が目的化してしまうと、本末転倒になりますし。ちなみに、資金調達でも苦労はされたんですか?

 初期はかなり苦労しましたね。やっぱり、まだプロダクトが何もないときってしんどいじゃないですか。「作ってから来てください」って追い返されたり。「本当にそれ成功するんですか?」と問い詰められたり。「やってみないと分からないからやるねん!」と心の中で突っ込んでいました(笑)

平尾 それ言われてしまうと、何も生み出せなくなってしまいますよね。

 うれしかったのは、最初に大型投資を決めてくださったジャフコグループの小沼晴義さんが「パッションとチームが良かった」と言ってくださったこと。

平尾 私は因果を分析するのが好きなので、出資が決まった背景にあったに違いない辻さんの“人間力”についてももう少し聞かせてください。辻さんは大臣とも20代の起業家とも対話できる数少ない経営者であり、辻さんのことを悪く言う人に私は会ったことがないんですよね。辻さんの柔らかさはどこから来ているのか。先ほどおっしゃっていた「信じる力」の源を知りたいです。

上司や先輩に反対されたとき「うまく進める」ためのコツ平尾 丈(ひらお・じょう)
株式会社じげん代表取締役社長執行役員 CEO
1982年生まれ。2005年慶應義塾大学環境情報学部卒業。東京都中小企業振興公社主催、学生起業家選手権で優秀賞受賞。大学在学中に2社を創業し、1社を経営したまま、2005年リクルート入社。新人として参加した新規事業コンテストNew RINGで複数入賞。インターネットマーケティング局にて、New Value Creationを受賞。
2006年じげんの前身となる企業を設立し、23歳で取締役となる。25歳で代表取締役社長に就任、27歳でMBOを経て独立。2013年30歳で東証マザーズ上場、2018年には35歳で東証一部へ市場変更。創業以来、12期連続で増収増益を達成。2021年3月期の連結売上高は125億円、従業員数は700名を超える。
2011年孫正義後継者選定プログラム:ソフトバンクアカデミア外部1期生に抜擢。2011年より9年連続で「日本テクノロジーFast50」にランキング(国内最多)。2012年より8年連続で日本における「働きがいのある会社」(Great Place to Work Institute Japan)にランキング。2013年「EY Entrepreneur Of the Year 2013 Japan」チャレンジングスピリット部門大賞受賞。2014年AERA「日本を突破する100人」に選出。2018年より2年連続で「Forbes Asia's 200 Best Under A Billion」に選出。
単著として『起業家の思考法 「別解力」で圧倒的成果を生む問題発見・解決・実践の技法』が初の著書。

 シンプルに、僕よりもうまくできる人がいれば、僕がやるより任せたほうがいいという考えと、みんな一生懸命やってくれるのでそれを信じるだけですよ。ただ、流石に誰でも無条件に信じられるわけではなくて、絶対の信頼を置ける人をチームに入れることを大事にしています。すると、少なくとも後ろから刺されることはないじゃないですか。

起業なんて海に漂う木の葉のようなもので、その人がミスをしたら沈んでしまう。でも、そのときはこのメンバーだったらしょうがないなと腹を括る。自分が信じられる人を選んできたから、創業メンバーともうまくいっています。

平尾 前半はご謙遜だと思いますが、辻さんが優秀かつ、パッションとビジョンを持つリーダーだから、優秀な仲間が集まってきているのでしょうね。

 ビジョンの力は重要だと思います。僕の場合、「次はこんな大波が来そうだから」とトレンド予測に合わせるのではなく、完全にユーザー軸で「こういうものを生み出せば、世の中の役に立つんじゃないか」という発想からいつも始まります。

最初はみんなポカーンとして大体反対されますが、10回くらい言い続けると、「ああ、辻さんは本気なんだ」とちゃんと考えてくれるようになって、情報を集めてプロトタイプができて、試行錯誤を重ねて。そんなパターンで事業が生まれることが多いですね。

とはいえ、僕の主張が毎回通るとは限らなくて、いろんなツッコミが入ります。「あー、その通りだな」と思いつつ、「でも、やりたいんだよね」と言い続ける。最後の奥の手は「僕はこういうことをやるために会社をつくったんだ」。これを言うと、絶対反対されません(笑)。本当にとっておきのときしか使いませんけど、最後は感情に訴えます。

平尾 最後はやっぱり“思い”なんですね。

 そうですね。あと、これは上司や先輩にプレゼンするときにも応用いただける手法なのですが、「視野の軸をずらす」という手法があります。「あなたには見えていない世界を、私は見えています」と主張するんです。例えば、「今の20代の感覚だと、こう言うものが欲しいんですよ(50代のあなたには見えていないと思いますが)」というふうに。そのときに大事なのは、相手の見えている世界を否定しないこと。「そうですね。でも」と“Yes, but”のコミュニケーションを心がけると、ものごとがうまく進みやすいです。

平尾 私はリクルート時代にそれができずに、上司に怒られたことがあります(笑)。

 僕もこの年になったから分かったことで。みんなそれぞれに一生懸命にやっているんだという前提に立つと、全否定はできなくなるんですよ。まずは感謝とリスペクトから。この順番が大事だなと。