「そう転」したときに、自殺リスクが一気に上がる

 双極性障害とは、単に気分の波があるといった性格の問題レベルではなく、うつ状態とそう状態を数週間から数カ月のスパンで繰り返す脳の病気だ。うつ状態では活動量が低下し、落ち込んで自信もなく、部屋に閉じこもるなどするが、そう状態に転じると途端にエネルギッシュになって活動が激しくなり、自信が出るどころか万能感すら持ち、驚くほど多弁で、突然多額の浪費に走ったりする。

“うつだから自殺しかねない”というイメージは必ずしも正しくはなく、うつ状態では動けないのでただおとなしく、自殺リスクはむしろそうのときにこそ高い。うつ病患者の場合、回復して活動を始められるようになってきたときこそ自殺の可能性に気を付けなければならないというのが定説になっているが、そううつ病でも同じことで、活動を始める「そう転」のタイミングが、最もリスクが上がるときなのだという。

「僕はもう治りました」と明るく退院した患者が……

 精神病院で、実際に入院患者のケアに当たり、カウンセリングを行ってきた精神保健福祉士のBさんも、かつての経験をこう語る。

「私が初めて担当した双極性障害II型の患者さんが、ある時『僕はもう治りました。今までお世話になり、ありがとうございました!』と別人のような明るさであいさつに来てくださって、新人の私は『それはよかったですね、お元気で』と送り出したんです。するとその夜に警察から連絡があり、その方が自ら命を絶たれたと……。あまりの衝撃に呆然とし、なぜ助けてあげられなかったのかと自責の念にかられるとともに、そううつ病とはそういう病気なのだ、だから私たちは継続して注意し続けねばならないのだと、職業的な自覚を深めました」

 脳の病気だから、本人を責めることではない。だが、本人の自覚では、軽そう状態の活動的でキラキラした自分を自分のあるべき姿、「本当の自分」だと認識してしまっている。そのため、双極性障害は薬を飲み続けなければいけない病気であるにもかかわらず、そう転すると「治った」「もう大丈夫」と薬を飲むのをやめてしまう。そしてその行動には、病気でない我々の常識や理屈は通用しない。

「そう転し、自信がみなぎり、行動力を得た患者さんは、ふと『今の自分にならできるかもしれない』と衝動的に考えるのです。行動の結果どうなるかという思考はその瞬間にはないんです。そこで論理的に考えられるのなら、病気ではないんですよ」(Bさん)