小説・昭和の女帝#8Illustration by MIHO YASURAOKA

【前回までのあらすじ】自民党の源流となる保守政党の結党を支援するため、財産を提供した鬼頭紘太は、A級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監された。鬼頭は極刑に処されることを覚悟していた。(『小説・昭和の女帝』#13)

巣鴨プリズンから戻った「政界の黒幕」が豹変した理由

 巣鴨プリズンで、鬼頭紘太を見送った帰りの車中、真木甚八は突然、「鬼頭は信用できん。用心しないといかん」と言い出した。資金提供を受けてから、鬼頭を持ち上げるようなことばかり言っていたので、その豹変ぶりにレイ子は唖然とした。

 だが、話を聞くと、なるほどと思わざるを得なかった。

 甚八の不信感は、内閣参与としての鬼頭の振る舞いに起因していた。

 鬼頭が政府内で行った進言は次のようなものだった。

 一つ、天皇制護持に必要な対策を講じること

 二つ、二・二六事件で処刑された青年将校らの名誉回復のために決議を行うこと

 三つ、占領軍が皇室関係の財産を押さえる前に、天皇の御名でそれらを戦争犠牲者に分与すること。これにより物質面のみならず、精神面でも、皇室への親近感がもたらされる。占領軍当局の態度次第では、陛下が一歩先んじて皇太子に譲位することで天皇制を堅持する

 これらの進言のうち、二つ目と三つ目が問題だった。

 逆賊の汚名を着せられた二・二六事件関係者の名誉回復は、東久邇宮稔彦王総理も同意見だったため直ちに閣議決定されてしまい、GHQの不興を買った。甚八も二・二六事件の首謀者たちには当時から同情していたが、敗戦後、最優先で閣議決定するべき事項ではないと考えていた。

 天皇陛下に譲位を迫る三つ目も行きすぎだった。マッカーサーは陛下と会見し、日本を統治するには天皇制を存続させるのが得策だと判断したため大事に至らずに済んだ。だが、鬼頭の進言は、一歩間違えれば天皇制の弱体化を招きかねない危険なものだった。筋論で突っ走る鬼頭に、甚八は危うさを感じていた。

 巣鴨プリズンから帰宅すると、甚八は子飼いの衆院議員の粕谷英雄を呼び出した。そして、驚くべきことを言った。