ディープフェイクのイメージPhoto:RichLegg/gettyimages

21世紀のビジネスパーソンには、テクノロジーの基礎知識が必須だ。あなたがどんな業界で働くのであれ、激変する最新技術の動向は押さえておく必要がある。この連載では東京のどこかにある酒場を舞台に、「天才プログラマー」清水亮氏がテック音痴に向けて技術ネタを分かりやすく解説する。今回のお題は、人工知能が作る人間そっくりの動画「ディープフェイク」についてだ。

AIが「人間そっくり」を作るなら
私たちは何を信じればいいの?

「AIが本物の人間そっくりの動画を作り出せるのなら、私たちは何を信じればいいの?」

 ミズキはグラスのウイスキーをウィルキンソンの炭酸水で割ると、マドラーで軽くひと回しして、カウンター越しに差し出しながら不安そうにそう言った。美人で長身のミズキは、最近この街で人気のバーテンダーだ。

「実は今のところ、まだAIにはできないことがあるから簡単に見分けはつくよ」

 僕はそう答えて、ミズキの作ったハイボールを受け取る。最近、この手の質問をされることが多い……。

 その日、僕は都心の飲み屋街に居た。終戦のどさくさで生まれた番外地。街全体が私有地で、しかも地権者が入り乱れているため、収拾がつかず、地上げもできない。今も無数のお店が粗雑なバラックの建物にぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

「いらっしゃいませ。お兄さん、初めてですよね?」

 カウンター越しに声をかけてきたのは、長身でロングヘアの美人のバーテンダーだった。バーテンダーはミズキと言った。

「お兄さんのお名前を聞いてもいいですか?」

 バーテンダーは、必ず来店した客の名前を聞いて記録するように教育される。これがこの街の基本的なプロトコルだ。常連客を識別するためのメモ帳がどの店にもある。その店の主人は、必ずそのメモ帳をチェックし、誰がいつ来たのか把握する。

「リョウ、でボトルが入っていると思う。国産ウイスキーの。それをソーダ割りでお願いしたい」

 程なくしてミズキは目的のボトルを探し出した。よかった。何年か前のボトルがまだ残っていたらしい。

「リョウさん、お仕事は何をされてるんですか?」

 これもお決まりの質問だ。バーテンダーが会話を広げるために必要な情報収集である。

「研究者だよ。いわゆるAI、人工知能を作ってる」