中国に取れる手は「威嚇」だけ?

 その中国はといえば、まさに今秋、5年に1度の20回目となる中国共産党大会を控えており、今や社会のすべてが「党大会の成功」に向けての助走に入っている時期である。このまま習近平が過去のしがらみを破って党書記として初めての3期目に突入しようというタイミングで、ペロシ議長訪台によって台湾海峡の「沈黙」が破られたわけである。党大会に向けた準備の緊張ぶりを知る者としては、その怒りもむべなるかな、という気はしないでもない。

 ただし、中国が取れる手段は「威嚇」だけ。あまりにも少なかった。

 というのも、すでに中米関係は冷えに冷え込んでおり、事態を話し合いで解決できるほどのカードはない。もし、強硬手段に出れば必ず出てくるだろう日本とも、これまた外交問題を語り合えるようなムードにはない。さらにあろうことか、中国・王毅外相は、ペロシ議長台湾訪問の直後に予定されていた林芳正外相との会談を自らキャンセルした。かつて駐日大使を務めていた頃に比べて、外相になってからの王毅は「威嚇外交」の大本尊のようになり、威嚇しか手段がなくなってしまったようにみえる。

 今回中国側は「とにかく怒っているぞ」という態度を見せる一方で、中国が発射した弾道ミサイル11発が実際にはすべて大気圏と宇宙の境目とされる「カーマンライン」の上、つまり台湾の領空範囲より高い位置を飛翔するよう計算されていたことが分かっている。中国が予告した通り台湾近海に着弾したものの、それでは台湾領空を侵犯したことにはならず、中国は口では「台湾上陸」と言いつつも、実は「スレスレ」を狙うしかなかったことを示している。

 中国はそんな「スレスレ」の威嚇行動に対し、台湾軍が攻撃を仕掛けてくれば逆襲するための口実にできると期待していたのかもしれないし、さらに米軍や自衛隊が出動すれば、ついでにその装備をじっくりと確認しておくつもりだったともいわれている。だが、台湾側はほぼ静観し、日米軍も最新鋭武器をちらつかせることはなかった。

 つまり、今回中国が取れたのは、「あわよくば」という思いによる「スレスレの威嚇」だけだった。しかも軍事演習を始めたのは、当のペロシ議長が台湾を離れた“翌日”だったのだ。