村にある音威子府そばの畠山製麺では、今年77歳になる3代目社長、畠山捷一氏が製麺を行ってきた。そばを作り上げるには、手作業に頼る製造工程が多くある。しかも、その日に製造する使う分だけのそば粉を前日の夜にひいているので、手間がとてもかかる作業になる。そのため、今月8月末日をもって製造を終了、製麺会社を廃業することを決めた。

 ここで改めて、そば鉄からも愛された音威子府そばの魅力を詳しく解説しよう。

 音威子府そばは独特の黒い色が特徴で、まるで竹炭かイカ墨が練り込んでいるかのような麺である。これは、田舎そばとなる実の甘皮(ぬき実の外側にある)よりも、さらに外側のそば殻(外皮)までの玄そばすべて使って製麺しているからだ。通常、玄そばまで余すことなく使わない。皮が硬くて混ぜ込むとボソボソの食感になるからだ。

音威子府そばの黒ぐろした独特のフォルム音威子府そばの黒ぐろした独特のフォルム

 しかし、畠山製麺で作られてきた麺は、門外不出、一子相伝の技術力で何度も滑らかな食感になるまでひかれて音威子府そばが生み出されてきた。

 また、秘密ともいえるもう一つの特徴はそば粉と小麦粉をつなぐために、そばでは珍しく“かんすい”を使用していることだ。かんすいとは、中華麺の製造に使うアルカリ塩水溶液。小麦粉に加えるとタンパク質(グルテン)に作用して、麺の弾力性が増して食感のコシに、さらには滑らかでやわらかさが増す。そのため、ゆで上げると、豊潤なそばと共にラーメンのかんすいと同じ香りを醸し出すのだ。

 このような、唯一無二の音威子府そばを生み出す畠山製麺の廃業は、そば好きファン、さらには音威子府そばを提供する飲食店(同村であれば、道の駅「天北龍」や「天塩川温泉」、4月末で閉店した「一路食堂」)や土産店、そして毎年の年越しそばを楽しんでいた人々などからも惜しむ声が多い。しかし、他の人に引き継ぐことで、そばの味が変わってしまい今まで培ってきた評判を落としたくないと、畠山捷一氏は潔く決断をした。

筆者が通販で購入した音威子府そば筆者が通販で購入した音威子府そば

 8月20・21日限定で村商工会・観光協会では、音威子府駅の「常盤軒」を復活させた。全国のファンに感謝の気持ちを伝え永遠の別れを惜しんでもらうために、店主の家族の協力もあって実現した。これで、音威子府そばは長きにわたる旅路に終止符を打ち、“幻のそば”として伝説となり未来永劫(えいごう)に語り継がれることになる。果たして、黒い畠山製麺の音威子府そばを引き継ぐ者が現れるのか。今後の新しい芽生えを期待したいものだ。