音威子府そばを売る立ち食いそば屋Photo:PIXTA

「駅そば日本一」の音威子府そば
長い歴史に幕

『音威子府そば』を製造する畠山製麺(1926〔大正15〕年創業)が、今年2022年8月末日をもって100年近い長い歴史を経て廃業した。

 音威子府そばの特徴は、コシが強く、それでいて滑らかな喉ごしが最後までしっかり感じられること。麺は黒々して太め。断面が四角くツルツルだ。後述する音威子府駅の駅そばとしても人気があり、「駅そば好きが最後にたどり着く」「駅そば日本一」ともいわれ、そば鉄(そば好きの鉄道ファン)からも愛され有名だった。その“勲章”は、他に類を見ない特徴ある絶品そばと、のどかな風情を感じられる秘境駅で駅そばを食べるという、相当の移動時間をかけてたどり着く旅の楽しみからいわれたものであった。

 ちなみに、「音威子府」と書いて「おといねっぷ」と読む。アイヌ語で「オトイネフ」(漂木の堆積する川口、泥が多い川)に由来しており、1963(昭和38)年に常盤村から音威子府村に改称した。音威子府村は北海道でそば生育の北限に当たり、道内第二の都市・旭川市と最北の地・稚内市のほぼ中間に位置、札幌からは特急電車でも3時間かかる。「北海道で一番小さい村」と呼ばれるのは、人口が一番少ない675人の村だからだ(広報紙『おといねっぷ』、2022年7月末現在)。

 この音威子府そばを提供していたのは、JR宗谷本線・音威子府駅と音威子府交通ターミナル構内の待合所にある立ち食いそば店の「常盤軒」であった。音威子府駅は旭川駅から北に続く路線の分岐駅であり、そこから日本海側を通る宗谷本線、オホーツク海側を通る天北線(1989年に廃線)に分かれていた。共に終着駅は稚内駅だ。多くの乗り換え客がいて、待ち時間に立ち寄る人で繁盛していた。特急列車の乗り換えもあり停車、夜行列車もあった音威子府駅は、乗客にとっては駅弁もある大事な食事所でもあった。お店は一時、24時間営業をしていたほどの繁盛ぶりだったそうだ(ちなみに、天北線が廃止後、戦前からホームにあった店舗は1990年の駅舎改築に合わせて交通ターミナル・駅構内の待合所に移転した)。

 ところが、この常盤軒は2021年2月に残念ながら店主が亡くなり、閉店。1933(昭和8)年の創業から90年近くの営業に幕を下ろすことになった。そばのだしは利尻昆布と煮干しを使い、少し甘めだったという。

「音威子府TOKYO」が提供していた復刻版「常盤軒天玉そば」「音威子府TOKYO」(東京都新宿区)が限定提供していた復刻版「常盤軒」天玉そば

 この常盤軒を支えていたのが、冒頭の畠山製麺でもあったが、その製麺所もこの8月末に廃業したのである。