日本にはおいしいそばがある! その多くの原産国は中国
福島県いわき市――。団体責任者I氏と不動産会社の経営者S氏に伴われて、地元の不動産市場について丸1日かけて下見調査をした。昼食の時間になったとき、S氏から「おそばはいかがでしょうか」と提案された。地元の事情に疎い私たち一行は、素直に従った。
てっきり近くにある店だとばかり思いこんでいたが、なんとそれから車で約30分も田んぼの中を走っていた。対向車もなく、人影も見られず、田んぼにはさまれた狭い道をひたすら走って、ようやくたどり着いたのは、「峨廊庵」という手打ちそば屋さんだった。瀟洒(しょうしゃ)なたたずまいと手間をかけて作った看板を見て、名店なのだろうと直感した。
「おすすめに従いますよ」と食事の内容をS氏に任せた。S氏は、せいろとかけそばを人数分頼んだ。「1人で2人分のそばですか?」と注文を聞きに来た店主の奥さんらしい女性が驚いて、「今日は遅いから、そこまでは提供できません」と断った。結局、何とか大盛りのかけそばを人数分、確保してもらえたが、入店早々、大手通信キャリアの電波も届かないこの店の人気ぶりを思い知らされた。
運ばれてきたかけそばを見ると、カイワレ大根の数本と申し訳程度の大根おろしがそばの上にのっているだけで、実にシンプルなものだった。しかし、お腹がすいていたこともあり、そのシンプルさが逆にそば本来のおいしさと香ばしさを引き立てた。カイワレ大根のちょっぴりとした辛さも脇役として心地よく効いてきて、胃袋と心をともに満してくれた。時間をかけて車で走ってきたかいがあった。
食後にそば湯を飲みながら、ふと不思議に思った。昔から、日本は中国山西省からそばを輸入してきたと聞いている。痩せた土地が多い山西省にはそばしか作れないところが多い。しかし、山西省ではおいしいそば麺の話はあまり聞かない。拙著『中国全省を読む地図』とその続編の『「中国全省を読む」事典』(ともに新潮文庫)でも、山西省を紹介するとき、そばにはまったく触れなかった。
一体、なぜ「そば」は中国では広まらなかったのだろうか。