「調子はどう?」と話し掛けると「いい感じだよ」と言葉を返し、放置していると「そろそろかき混ぜたら?」と話し掛けてくる……。NukaBot(ヌカボット)は、人間とコミュニケートしながら、おいしい漬物を生み出し続けるぬか床ロボットだ。開発したのは、情報学者のドミニク・チェン氏。研究者であり、起業家であり、アーティストでもあるチェン氏が、領域を軽やかに飛び越えながら、「発酵」というメタファーを通じて、人間のコミュニケーションの在り方を問い直す。(聞き手/音なぎ省一郎、坂田征彦、構成/フリーライター 小林直美)
未来の希望を語ることの大切さ
――情報学、工学、哲学、さらには発酵学まで融合したオリジナルな研究を多数手掛けられていますが、ご自身の活動を貫くキーワードを教えていただけますでしょうか。
最近は、専門を聞かれると「コミュニケーション研究」と答えています。人と人との関わりも、人と発酵微生物との関わりもコミュニケーションだと考えた上で、テクノロジーがそれをどう橋渡しできるか、また、それによってコミュニケーションの当事者――人間はもちろん、微生物や動物、植物まで含めて――が、どう変わるかを研究・分析しています。もっというと「コミュニケーションでどう変わりたいのか」をデザインしたいと思っています。
――かなり異質な領域をダイナミックに融合されている印象です。
いわゆる文系・理系双方の面白いところを取り込みたいと思っています。自然科学や工学などの理工系は、新しいデバイスやサービスの創造に向かいやすく、「テクノロジーのポジティブな面を見つけよう」という姿勢になりやすい。一方、人文系は、世の中に既に出回った技術や文化を評価するので、ポジティブな面もネガティブな面も相対化できる視野の広さがあります。
例えば、スマホはとても便利な半面、「スマホ中毒」などの負の側面も指摘されています。でも、中毒になるほど使われているのだから、企業のもくろみ通りともいえる。問題は、そこに企業の意図しか反映されていないことです。ユーザーは議論のプロセスに参加すらできていない。新しいデバイスを使うことでどう変化したいのか、それを語るボキャブラリーすらないのです。「家族の会話が増えるスマホ」や「周囲の自然環境と親しめるスマホ」はどう設計できるのか……企業がまだ気付いていない問いはたくさんあります。
――テクノロジーばかり追究していたら方向が狭まってしまう、と。
そうですね。ただ、長期的なインパクトは、誰もが簡単に予測できるものではありません。企業に限らず、ユーザーもそうだし、研究者だってそうです。それならなおのこと、予測するだけじゃなく、「10年後はこうなってほしい」という希望を話し合っていくのが良いかなと思っています。