目に見えない無数の微生物たちが、たゆまぬ活動を繰り広げることで、時とともに味わいが増し、生態系としても強靱になっていく――。「ぬか床」における発酵と人間活動に相似を見いだし、独自の思索を深めてきた情報学者のドミニク・チェン氏に、自律する多様な個が共生することで創造を生み出す「発酵」のメカニズムをビジネスに生かすヒントを聞いた。(聞き手/音なぎ省一郎、坂田征彦、構成/フリーライター 小林直美)
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自分の無意識を「ぬか床」として信頼する
――前編では、「発酵」というメタファーを通じてコミュニケーションを捉えることの意味を伺いました。企業活動もコミュニケーションの塊です。ビジネスにおいても「発酵」というメタファーで語れる現象がたくさん観測されるのではないでしょうか。
ビジネスに寄せた場合、「発酵」には二つのレイヤーがあると思います。一つは、個人のパフォーマンスに関わる「個人の発酵」、もう一つは、周囲との協働を促す「関係の発酵」です。組織がうまく熟成するためには、この両者がうまくかみ合うことが大事になるでしょう。
まず個人の発酵ですが、簡単に言うと「自分はぬか床だ」と考えて、乳酸菌や酵母のような微生物的プロセスを信頼し、インプットとアウトプットをコントロールし過ぎないことが大事だと思っています。僕はこれを「微創造」と呼んでいます。
――微生物の「微」ですね。
人間の無意識には、言葉になる以前の情動や感情、感覚が無数にうごめいていて、そこからたまたま表面に浮かんできたものだけを意識できるにすぎません。意識の下部にあるものはコントロールできないのです。この無意識が「ぬか床」です。
――発酵は基本的に無意識に任せておいて、時々かき混ぜたり、野菜を投入したりしていくようなイメージですね。
リアルな微生物の話では、腸内フローラ(腸内細菌叢)が人間の健康状態だけでなく、性格や体形にまで影響を及ぼすことが医学で解明されつつあります。脳と腸も互いに影響を及ぼし合っているということで、「脳腸相関」という言葉もよく聞くようになりました。
無意識というぬか床にも、いろんな菌がすみ着いてリッチになればなるほど、発想も、自分がコントロールできる部分を超えて広がっていくのではないでしょうか。この資格を取って、あのスキルをインストールして、これを経験して……と、意識的に計画を立てることも大事ですが、それで全てをコントロールできるわけではありません。