ケネディの死亡と新大統領の誕生

 車はそのままパークランド記念病院へと乗りつけられました。医師たちは手を尽くしますが、運び込まれた時点でこん睡状態にあったケネディを救うことはできなかったのです。

 午後1時にケネディの死亡が宣告されました。

 ケネディ暗殺のニュースが世界中で駆け巡るなか、ジョンソン副大統領は病院を出て、ラブフィールド空港に向かい、大統領専用機のエアフォース・ワンに搭乗。

 ジャクリーン夫人らが、ケネディの遺体とともに戻ってくると、機内で大統領就任の宣誓が行われました。

 この瞬間に、副大統領のジョンソンが第36代アメリカ大統領となり、亡きケネディに代わって、アメリカを牽引することとなったのです。

ケネディと暗殺犯は同じ病院で死亡

 ケネディの死亡が確認されてから、しばらくしての午後1時50分、暗殺犯オズワルドが逮捕されます。

 オズワルドはケネディ暗殺後、自宅近くでダラス警察の巡査を殺害していました。

 そのため、まずは警官殺害の容疑で逮捕され、改めて大統領の暗殺犯として逮捕されることとなりました。

 しかし、逮捕から2日後、刑務所に移送される最中に、オズワルドは地元のナイトクラブのオーナー、ジャック・ルビーによって腹部を撃たれます。

 ルビーは動機についてこのように語ります。

「オズワルドを裁く法廷に立つために、ケネディ夫人がダラスに戻り、裁判を見届けるというつらい義務から解放してやりたかった」

 暗殺犯オズワルドは、ケネディと同じパークランド記念病院に運ばれて、死亡しました。

ジョンソン新大統領は暗殺の真相究明に着手

 新たな大統領となったジョンソンは、まず暗殺事件の真相究明に着手します。

 というのも、非現実的な目まぐるしい展開に、アメリカ国民の多くが、「この暗殺事件にはオズワルド以外に黒幕がいるのではないか?」という疑念を膨らませていたからです。

 ジョンソンは、連邦最高裁判所長官のアール・ウォーレンを委員長とする「ケネディ暗殺調査委員会」を発足。公式調査を命じました。

調査結果への意外な反応

 1年間におよぶ調査の結果、「オズワルドの単独犯行」と結論づけられました。この発表を大手新聞社も支持。

 ウォーレンがこれまでのリベラルな判決によって国民から信頼されていたこともプラスに働いたようです。

 数年後には調査結果への疑義を唱える声が上がるものの、発表当初は実に国民の87%が政府の見解を受け入れています。

 広がる不信感を一時的に留めた点においては、ジョンソン大統領は最初のハードルをクリアしたのです。

 1964年、ケネディ暗殺後の初となる大統領選挙では、ジョンソンは共和党候補を大差で破っています。

 ケネディへの同情票が追い風となりました。

ベトナム戦争をエスカレートさせた

 しかし、ベトナム戦争の泥沼化によって、状況は大きく変わります。

 もともとジョンソンは大統領就任直後から、ベトナム戦争において、ケネディのやり方を踏襲するつもりはありませんでした。

 ケネディは1965年までにベトナムから米軍を撤退させるという方針を掲げていました。

 ところが、ジョンソンはそれを無視。むしろ、戦争をエスカレートさせていきます。

 ジョンソン大統領は「ローリング・サンダー作戦」として大規模な空爆を実施。

 攻撃を強化させましたが、展望が開くことはありませんでした。

 当時のCIA長官はジョンソン本人にこう警告しています。「アメリカは勝ち目のないこの軍事行動で泥沼のジャングルにはまり、そこから抜け出すのは非常に難しいでしょう」

 反戦運動が盛り上がる中、ジョンソンは不人気ぶりから、1968年の大統領選への出馬を断念しています。

ケネディが暗殺されなければ……

 ケネディが暗殺されていなければ、悲惨なベトナム戦争によって、甚大な被害がもたらされることを、避けられていたかもしれない。

 そう思うと、残念で仕方がありませんが、私たちもまた平和を守るために、一人一人がやるべきことをやるほかないのでしょう。

 困難に立ち向かうとき、ケネディのこの言葉が勇気を奮い立たせてくれます。

「我々の問題は人間によって作られたものだ。それゆえ、人間によって解決できる」

世界史で大局的な視点を身につける

 有力者を暗殺することで、ドミノ倒しのように影響は広がっていく。それは暗殺を目論んだ人物すらも、予期できないことで、コントロールすることはできません。

 ケネディを暗殺した動機はいまだにわかっていませんが、邪魔者を消したところで、暗殺の目論見が長期的な意味で達成されることは、ほぼないといってよいのです。

 むしろパワーバランスが急に崩されることで、状況は悪化することが多いのではないでしょうか。

アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』で、世界史を学び、大局的な視点を身につければ、短絡的な行動や思考に陥ることが防げるはず。先が見えない時代を生き抜くためにも、世界史の教養が、今ますます必要とされています。

【参考文献】
ビル・オライリー、マーティン・デュガード『ケネディ暗殺 50年目の真実』行(江口泰子訳、講談社)
土田宏『ケネディー「神話」と実像』(中公新書)
井上一馬『ケネディーその実像を求めて』(講談社現代新書)
オリバー・ストーン、ピーター・カズニック『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 2 ケネディと世界存亡の危機』(熊谷玲美 他訳、早川書房)
ジャン=クリストフ ビュイッソン『暗殺が変えた世界史 上:カエサルからフランツ=フェルディナントまで』(神田順子 他訳、原書房)