ロシアは大規模ミサイル攻撃で「自滅」したが、核の脅しでNATO結束に暗雲も本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されています。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)

 局地的な戦闘で使用する戦術核は、特定のエリアに核の影響を及ぼすことができる。打ち込む場所を綿密に計算すれば、ウクライナだけでなく、ロシアに非融和的な近隣諸国にも放射能被害をもたらすことが可能なのだ。

 その可能性をロシアがちらつかせると、目を付けられた国は、ロシアに対して強硬姿勢を取りづらくなる。エネルギー不安に、戦術核による放射能汚染の恐怖が重なった国は、早期の停戦を求めるかもしれない。

 一方、ウクライナから遠く離れていて放射能汚染の心配がなく、ロシアにエネルギーを依存していない米英は、ロシアが戦術核の使用をほのめかしても「即座のNATO参戦」というカードで対抗できる。

 いわば、戦地からの距離やエネルギーの依存度によって、ロシアによる「核の脅し」への対応力も異なる。その差によって、NATOが再び一枚岩ではなくなる恐れがあるのだ。

「マクロ」な視点で論じる際も
ウクライナの惨状を忘れるべからず

 このように、NATOの反ロシアに向けた連帯を弱体化させることが、戦術核を使用する目的となり得る。「マクロ」な視点では完敗といっていいほど追い込まれたロシアにとって、戦術核の使用をちらつかせることは、残された数少ない「効果的な打ち手」といえるのだ。

 ロシアは今後、ウクライナへの戦術核攻撃の「脅し」を続け、NATOの結束を揺さぶるかもしれない。これが長引けば、NATO側も戦争を継続する動機が薄れ、ロシアによる「力による一方的な現状変更」を認めてでも停戦を急ぐ可能性はゼロではない。

 このせめぎ合いが、今後の戦局を左右する大きなポイントになるだろう。

 ただし、このように「マクロ」な視点で戦争を論じる際も、忘れてはならないことがある。足元ではウクライナ戦争は泥沼化し、ウクライナ国民の生活が破壊され、命が奪われているということだ。

 大国の思惑の前に、ウクライナという国が蹂躙(じゅうりん)され、ウクライナ国民の命が翻弄され、軽視されているともいえる。われわれは各国や同盟の動き以上に、この現実をしっかりと見つめて、戦争というもののくだらなさを認識すべきなのである。