1980年代後半の日本は、85年のプラザ合意以降、円高が急速に進行したにもかかわらず、貿易黒字が巨額になっており、双子の赤字に苦しむ米国だけでなく、世界経済にとって脅威となっていた。そんな状況下、中曽根康弘内閣が設置した私的諮問機関「国際協調のための経済構造調整研究会」により、86年の春に報告書が発表された。座長である元日本銀行総裁、前川春雄(1911年2月6日~1989年9月22日)の名を取った通称「前川レポート」だ。
レポートは「わが国の大幅な経常収支不均衡の継続は、わが国の経済運営においても、また、世界経済の調和ある発展という観点からも、危機的状況であると認識する必要がある。今やわが国は、従来の経済政策及び国民生活のあり方を歴史的に転換させるべき時期を迎えている。かかる転換なくして、わが国の発展はありえない」との基本認識を示し、外需より「内需拡大」という方針を打ち出した。
内需拡大の具体策としては、(1)住宅対策と都市再開発事業の推進、(2)消費生活と余暇の充実、(3)地方のインフラ整備の推進を提言。また、産業構造の転換、輸入の推進、市場開放、金融の自由化・国際化を併せて進めるというものだった。
今回は「週刊ダイヤモンド」1987年1月3日号に掲載された前川の談話記事だ。前年に発表したレポートの内容を、自身の言葉で解説し、経済の構造改革を訴えている。実際、80年代後半の日本は、ほぼ前川レポートの通りに改革が断行された。しかし一方で、内需を刺激するための金融緩和策により金余りが進み、土地開発ブームによる地価上昇もあいまってバブル経済を生む結果になった。
翻って現在の日本。2022年度上半期の貿易赤字は11兆0075億円で、半期ベースでは過去最大となった。さらに円安が進めば、22年度通期の貿易赤字は20兆円の大台に乗る可能性もある。経常収支こそ黒字を維持しているが、慢性的な赤字が続いている財政収支と共に、かつて80年代の米国が苦しんだ貿易赤字と財政赤字の「双子の赤字」が日本を襲っている。前川レポートの時代とはまったく逆の状況が進行しているのである。(敬称略)(週刊ダイヤモンド/ダイヤモンド・オンライン元編集長 深澤 献)
世界のGNPの1割占める
日本が課されている責任
世界経済は、全体としては順調な成長過程にある。ひところ問題だったインフレーションも一応収まって、今は世界的に物価は非常に安定した時代に入っている。特に、原油価格は1985年から86年にかけて著しく低下し、オイル・ショック後最も低位安定していることが大きい。
このため世界的に金利が下がってきている。インフレのない経済成長への条件は、かつてないほどそろっているわけである。ただ、世界経済を国別に見ると、大変な不均衡がある。中でも国際収支の不均衡が目立っている。