積極財政派と緊縮財政派
どちらも抜け落ちている視点

田原氏Photo by H.K.

田原 ただ、アメリカに比べれば大したことはないのでは?

田内 今のインフレはコストプッシュ(原料高などのコスト上昇が原因で物価が上がっていること)だから通常のインフレとは違う、という論もあります。

田原 円安によって物価が上がっている。円安のほうが問題だと。

田内 円安を止める手だてをよく聞かれます。「金利を上げればいい」と言う人がいますが、金利を上げて、円が買われるといっても、金利を外国に対して払う人がいるから買ってくれるだけで、それでは意味がありません。

 生活に必要なエネルギー、食料、資源が、世界で十分に供給されていないので、今、世界中で価格が上がっています。日本が特殊なのは、これら3つ全部が自国で作れないことです。食料自給率にいたっては38%(2021年度 概算カロリーベース )です。

 インフレは世界全体で抱える問題だと思われがちですが、アメリカはエネルギー輸出国なので、アメリカ国内には、困っている人もいれば、それ以上にエネルギーで儲けている人もいる。全体で見れば問題はありません。物価上昇によって、賃金を上げることもできるんです。

 一方で日本は、世界に足りない物ばかり輸入している。足りないからその物の価格が上がっている。逆に、これだけ円安になっているのに輸出する物はなかなか売れない。これが根源的な問題です。外から買っている物の価格が上がっているだけですから、物価上昇以上に賃金を上げることもできないんです。

 円安で物価高ということに関しても、結局、生産力の話に戻らなければならないと思うんです。

 需要と供給のバランスで、日本は供給力が多くて余っているといわれるのですが、ひとつの物だけ食べたり使ったりして生活しているわけではありません。日本で生産力がある物もあるし、ない物もあります。

 そのない物、足りない物の典型が、エネルギー、資源、食料なんです。これらは「足りないので我慢しよう」では済みません。そして、円安になっても物が売れないということは、外国が欲しがる物は作れていない。そういう意味で、日本の生産力は減っているんです。

 だとしたら、物価高を食い止めるにはふたつしない。何とか輸出する物を増やすか、輸入を減らすか、です。手っ取り早くできることは、エネルギーの自給率を上げることと、あとはインバウンドを増やすことではないでしょうか。

田原 インバウンドを増やそうと政府も言っていたが、コロナ禍で頓挫した。これからどの程度、回復し、増えるかどうか。

 基本的なことなのですが、日本は1980年代まで世界一の輸出国で、アメリカにもがんがん輸出していました。1979年に出版されたエズラ・ボーゲル博士の『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』が世界中でベストセラーになるほどでした。しかし、今や完全に輸入大国となっています。なぜ、輸出大国から輸入大国に逆転したのでしょうか。

田内 私もその点は詳しいわけではありませんが、ひとつ言えるのは、日本はたとえば韓国などに比べ貿易依存率が低く、GDPの約15%くらいです。日本は人口が1億2000万人ほどで、人口5000万人ほどの韓国の倍以上の人口を抱えているので、十分に国内市場があります。日本向けの商品さえ売っていれば、企業は食べていけたんですね。

田内氏Photo by H.K.

 ジャニーズなどの芸能人も日本国内の顧客だけを考えていれば安泰だったんです。でも韓国はそもそもの国内市場が小さく、国内だけをターゲットにしては立ち行かなくなってきた。そこで、BTSのように世界市場でも通用するようなアイドルを育てて、半ば必然的に世界に打って出るしかなくなった。こうした事情から輸出や貿易のウェイトを高めているんですね。

 日本企業はこれまでは世界市場をそこまで意識しなくても何とかやってこられたので、世界に打って出る覚悟もなく、タイミングも失ったまま、輸出を増やすことができなかった。いつの間にか輸入大国になってしまったということがあると思います。

 ただ、その人口が徐々に減り、特に労働人口の割合が減っています。「働いていない女性が労働参加すれば問題ないのでは」という意見もありますが、それは全体が見えていません。彼女たちの多くは、家事や育児という形で家庭や社会を支えているからです。

 さらに、人材も枯渇し始めています。この間、素材研究者が「昔はもっと人材が豊富だったけれど、今は人材が非常に足りない」と嘆いていました。

 先ほどの、積極財政派と緊縮財政派の対立構造に話を戻すと、私は、どちらもお金だけを問題にしていて、金があれば問題解決できると思っていることに違和感を覚えるんです。モノやサービスを提供するために働く人がいること、将来、その働く人を増やすために社会全体で子育てをすべきであること、これらの視点が抜け落ちているのは非常に問題だと思っています。

田原 人材枯渇の話でいうと、世界に通用する論文を書ける学者の数が、日本は先進国で最低レベルだといいますね。

 原因のひとつは、大学教授が終身雇用で、一度ポストを得られれば、論文を書かなくても一生食べていけるから。アメリカの大学なんて、世界に通用する論文を書かなければクビになってしまいます。