経済学者の小島武仁氏も賛辞を贈る新しい経済の入門書『お金のむこうに人がいる』。この本のすべての章は、小学生でも答えられる「お金の3択問題」から始まる。その中で、意外に正答率の低かった問題を紹介する。ぜひチャレンジしてみてほしい。(構成:編集部/今野良介)
【問題】
新国立競技場建設には1500億円かかった。
では、エジプトのピラミッドの建設にかかったお金は、現在のお金に換算するといくらだろうか?
B. 1250億円
C. 0円
「予算」が新国立競技場を作ったのか?
2019年12月、東京霞ヶ丘に新国立競技場が完成した。
2021年に開催された東京オリンピックに向けて建設されたこの競技場は、その工事が始まる前に大きな問題に直面していた。計画通りに作ると、総工費が3000億円以上かかることが判明したのだ。これは、当初の予算1500億円の2倍以上の金額にあたる。
急遽計画が変更されて、最終的には予算内に収まったが、このような国家的プロジェクトを成功させるためには、まず予算を確保することが何よりも大事だ。予算さえ確保すれば、後は予算内に収めることだけ考えればいい。
少し古いデータだが、エジプトにあるクフ王のピラミッドを現代に建設した場合の総工費が試算されている。規模としては国立競技場とだいたい同じで、1250億円かかるらしい。
しかし、古代エジプトでピラミッドが建設された当時は、現代のような重機は存在せず、すべて人手の工事だった。当時の工法だと、その費用は4兆円に跳ね上がる。
この4兆円は、「現代社会において」ピラミッドを建設した場合の総工費だ。実際に4兆円もの金額をかけた建造物は地球上に存在しない。
「地球上」と書いたのは、宇宙には1つだけ存在しているからだ。それは衛星軌道上に浮かぶ国際宇宙ステーションで、4兆円という金額はまさに天文学的な数字だ。
では、古代エジプト王国がピラミッドを建設したとき、その莫大な予算をどうやって確保したのだろう? ツタンカーメンのデスマスクは黄金製らしいから、大量の金貨や金塊を持っていたのだろうか?
4500年前に時を戻してみよう。
紀元前26世紀のエジプトにタイムスリップしたあなたは、エジプトの王として玉座に座っている。そこに一人の側近が近づいてきて、あなたの指示を仰ぐ。
「ピラミッドの建設ですが、どこから手をつけましょうか?」
まずやるべきことは、4兆円もの建設費用をどうにか準備することだと考えたあなたは、側近を引き連れて宝物庫に向かい、どれだけの金貨をため込んであるのか期待して扉を開ける。
しかし、金貨は一枚も見つからなかった。
金貨がなければ作るしかない。そう思ったあなたは早速、側近に指令を出す。
「とりあえず金(きん)が必要だ。金鉱石を掘って、掘って、掘りまくれ!」
側近は不思議そうな顔をして、あなたに問い返す。
「王様、どうなされたのですか? 我々が作るのはピラミッドですよ」
歴史好きな人はもう気づいているだろう。当時のエジプトにはまだ貨幣が存在していなかった。金(きん)をもらって働く人もいなかったのだ。
エジプトの王は、お金を払ってピラミッドを作らせたわけではない。王の命令のもと、莫大な数の労働者を働かせて作り上げたのだ。
ただし、労働者たちは「ただ働き」をさせられたのではない。報酬として食料や衣服などを受け取ったし、ビールも振る舞われたという記録もある。支給されたその食料や衣服やビールもまた、大勢の労働者によって作られている。
ピラミッドの建設に、お金はまったくかかっていない。
だから冒頭の問題の答えはこうだ。
C. 0円
必要なのは、予算を確保することではなく、労働を確保することだったのだ。