【お寺の掲示板113】仏教の教えから因果応報と反戦を考える超覚寺(広島)投稿者:@chokakuji [2022年7月4日] 

誰がいつ、その種を蒔(ま)いたのか

 続いて、「お寺のある生活」をお届けするインターネットサイト「まいてら」の「まいてら賞」受賞作品をご紹介します。今年の「中外日報賞」も受賞した浄土真宗本願寺派超覚寺の作品「蒔かない種は咲かないが 望まぬ花が咲いたなら 昔その種を蒔いたのだろう」です。

 これは仏教の「因果」を表したものといえるでしょう。この世界で起こる事象には必ず原因が存在します。「まいてら」の講評は以下の通りです。

新型コロナの終息が見えない中、ロシアのウクライナ侵攻、世界的なインフレ、進行する温暖化等、揺らぐ世界の行く末が見えません。激動を他責にせず、世界の片隅にいる自分も「種を蒔いたかもしれない」と我が事として受け止め、一人ひとりが謙虚かつ平静に生きることが求められているのではないでしょうか。

 世界的に非常に大きな問題が噴出した一年でありましたが、起きた事象を嘆くだけではなく、それが起きた原因をしっかり探っていくことが、仏教的には大変重要なのです。

【訂正】 本文第2段落について、初出時「真宗大谷派超覚寺」を「浄土宗妙慶院清岸寺」に訂正いたします。
(2022年12月12日12:35 ダイヤモンド・セレクト編集部)