「お金」大全 #16Photo:PIXTA

公的年金を増やす切り札がある。年金の受給開始を遅らせる「繰り下げ受給」だ。だが、実は「後でがっかり」というケースも意外に多い。特集『「お金」大全』(全17回)の#16では、年金額を上手に増やすための必須ポイントとノウハウをご紹介しよう。(ダイヤモンド編集部論説委員 小栗正嗣)

受給開始を70歳まで5年繰り下げると
年金額は1.42倍に増額される

 公的年金の受給開始は65歳だ。ただし、開始時期は手続きをして前後させることができる。60~64歳から受け取りを始めるよう前倒しするのが繰り上げ受給、66~75歳に遅らせるのが繰り下げ受給である。繰り下げ受給の上限年齢はこれまで70歳だったが、2022年4月の改正で5年間延長され、75歳までとなった。

 受給開始を前後にずらせば、65歳からもらうはずだった年金額が変わる。前倒しすれば減額され、先送りすれば増額される。

 このうち繰り上げの減額率は22年4月の改正で、1カ月当たりの減額率が0.5%から0.4%へと少し緩和された。とにかく早くもらいたいと60歳へ繰り上げると、30%減額されていたものが24%(受け取るのは76%分)になったわけだ。

 念のため、この緩和は政府の“思いやり”によるものではない。平均余命の延びに伴い、数理的に年金財政上、中立となるよう調整されたものだ。

 これに対して、受給開始を遅らせる繰り下げ受給の増額率は、1カ月当たり0.7%増額する。こちらは以前と変わらない。1年につき8.4%増だ。

 70歳へ繰り下げると増額率は42%、75歳へと繰り下げると増額率は84%と、1.84倍になる。例えば65歳開始で年200万円のはずだった年金は70歳開始で284万円、75歳開始で368万円に増え、増額はその後も生涯にわたって続く。

 実際、60歳に繰り上げた場合、80歳11カ月より長生きすれば、本来の年金の累計額を下回ってしまう。それに対して、70歳まで繰り下げた場合の損益分岐点は81歳11カ月、75歳まで繰り下げた場合は86歳11カ月。それ以降、本来の年金額の累計を上回る。長生きすればするほどかなりお得になるわけだ。

 65歳の日本人の平均余命(21年簡易生命表)は、男性19.85年(84.85歳)、女性24.73年(89.73歳)。40年には男性の4割強、女性の7割弱が90歳まで生きる時代となる。繰り下げ受給が公的年金を増やす「とっておきの切り札」であるのは間違いない。

 しかも、である。繰り下げは後から軌道修正ができる。「70歳まで繰り下げるつもりだったが、68歳のときに思い直して65歳からの分をまとめてもらうことにする」といった“変心”も許される。ただし、この場合、年金額の増額はなくなる。繰り上げとは違って、老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方を、またはどちらか一方だけを繰り下げて受け取ることもできる。

 いいことずくめのはずの繰り下げ受給だが、実は「後でがっかり」というケースも意外に多い。何が落とし穴になるのか、次ページ以降で探っていこう。