「以前、萩でお会いした坪内です。お願いがあって連絡しました。以前にお話しした鮮魚の出荷ができるようになりました。でも、どこに売ればいいのかまったく販路がなくて困っています。社長の知り合いのお店を紹介していただけないでしょうか」

 電話の向こうで一瞬、間が空く。やっぱり図々しい奴だと思われたか。ところが、社長は電話の向こうで笑いをこらえていたようだ。

「いつ来れんの? うちの義理の息子が飲食店に勤めてるから紹介するわ。それから、A店とB店と……。今度うちの取引先を集めてパーティするから、そこに来たらええ。来れるやろ?」

 これがきっかけとなり、大阪の高級繁華街、北新地にある老舗料亭や和食料理店と取り引きしてもらえることになった。その効果は絶大だった。たとえば東京に営業に行くと、まず最初に「今までの取引実績は?」と聞かれる。そのとき「大阪・北新地にある○○という料亭や△△という和食料理店とお取り引きさせていただいています」と答えると、相手の態度も変わる。そこから新規商談につながるのだ。

 後日談だが、改めてご紹介いただいたたくさんの飲食店のリストを持って、1人で大阪に営業に行った際のことだ。まず、最初に伊荻さんに会いに行った。

「腹、減ってないか?」

 お腹は空いていないと伝えると、

「鍋なら食べられるやろう。消化にええから」

 社員さんたちも呼んで、一緒にお話しさせてもらった。いくら感謝してもし足りないくらいなのに、細やかな気遣いまでしていただき、恐縮してしまう。感謝の言葉を述べる私に伊荻さんは言った。

「あんたは面白い人やと思ってたけど、自分から苦労を買って出る人やなぁ。わしは、今、できることをするだけやから。いつかお嬢さんたちの会社が大きくなったとき、うちの孫が困っていたら、助けてやってや!」

 まったく言葉が出なかった。こんな経営者になりたいと思った。今でも毎年、私と長岡、それから子どもの誕生日には「おめでとう!」と電話をくださる。尊敬する大先輩の経営者からつないでもらった糸を、細くても、短くても「ペイ・フォワード」の精神で、次の世代につないでいける会社でありたい。